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噴火が招いた人類史の大事件とは?――石 弘之『噴火と寒冷化の災害史 「火山の冬」がやってくる』書評【評者:島村英紀】

島村英紀さんが『噴火と寒冷化の災害史 「火山の冬」がやってくる』を紹介!
本選びにお役立てください。



石 弘之『噴火と寒冷化の災害史 「火山の冬」がやってくる

【評者:島村英紀】

 火山の噴火とその人類史への影響について書いた好著である。元新聞記者、その後大学で環境科学を教えた著者が、災害とその人類史的な関係に力点を置いた。基本的なテーマは噴火後の寒冷化が飢饉を招き、世界各地で文明を崩壊させたことだ。
 たとえば、西暦535年から各地で始まった世界的な大事件では、インドネシアのクラカタウ火山が535年にカルデラ噴火という大噴火をしたことが原因になっている。この噴火は、多量の火山灰を吹き出して、全世界でその後長く続いた「火山の冬」を作った。6世紀の中世ヨーロッパは暗黒時代といわれ、社会的な衰退と混乱が長く続いた時代だった。現在までで最も寒い15年間でもあった。
 クラカタウ火山の噴火は地元にあった高度な文明を滅ぼしただけではなく、世界的な気候変動を起こして、人類にとっての大事件を次々に起こした。東ローマ帝国の衰退、ペストの流行などだ。日本では政権が揺らいでいたときに、神道と相容れない仏教伝来があったのも同時期である。この本では、人類史の側面からこの噴火の影響を詳述している。
 このほかの大規模な噴火、つまり「火山の冬」が世界各地に及ぼした人類史への影響も書かれている。たとえば、太陽活動のせいだと思われていた1250年からの世界的な寒冷気候も、1315年から始まった欧州の大飢饉や17~19世紀の冷害は、イタリアの火山だけではなく、じつははるかに離れた南米などの大規模な噴火が元であることが分かったと書かれている。近年ではフィリピン・ピナツボ山の噴火が日本の平成の米騒動を引き起こした例も述べられている。
 火山を全土で抱えている日本は古くから噴火を繰り返してきて、人類史への影響も大きかった。なかでも東北日本を広く襲った天明の飢饉の一因ともなった1783年の浅間山の噴火は大きく、日本の歴史に影響した。また朝鮮半島の白頭山のように外国から日本にも多大な影響を及ぼした火山もある。
 このほかに20万年間に12回あった日本でのカルデラ噴火では、一番最新の鬼界カルデラの噴火が西日本の縄文文明を壊滅させたことはこの本に詳しい。
 そのカルデラ噴火から7300年、そろそろ「次」があっても不思議ではない時期にさしかかっている。カルデラ噴火はいままでは九州に多かったが「次」はどこなのか、気になる。
 じつはこの本は富士山の噴火から始まっている。
 不思議なことに、1707年の宝永噴火があって以後、富士山は噴火していない。現在に至るまで約300年間も噴火が見られないのは、過去の富士山の噴火歴からすると異例の休止期間である。世界的に見ても、長い休止期間のあとの噴火の規模は大きいことが多かった。
 富士山が、これから永久に噴火しないことはあり得ない。火山学でいえば、富士山は「いつ噴火しても不思議ではない状態にある活火山」なのである。
 しかし、いつ、どんな形式で噴火するのか、それを予知することはいまの科学では不可能である。噴火の予知や、いまどのくらい噴火に近づいているかを学問的に知ることはとても難しい。
 宝永噴火なみの大規模降灰に見舞われた近代都市はない。富士山が噴火したら新宿まで95キロしかない。宝永年間にはなかった社会への大きな影響が出るに違いない。
 もちろん、近隣の影響は甚大だろう。富士山の周囲には宝永噴火のときよりも開発が進んで、はるかに多くの人々が住みついている。また数多くのリゾート施設やレジャー施設が集まっている。農業や牧畜もさかんだ。富士山が噴火したら火山灰や噴石や火山弾などで、登山客はもちろん、近くの市町村にも大きな被害が出るだろう。その上、火砕流が起きると被害は急増する。
 山体崩壊が起きたり、溶岩流が出れば、影響はさらに大きくなる。崩れやすい火山なので山体が崩壊する心配もある。静岡・御殿場の市街地は標高500メートル前後の、傾斜はあるが平らに拡がっている町だ。これは有史以前に山体崩壊が作った平地である。
 富士山は「噴火のデパート」だから、どこから噴火するか、なにが起きても不思議ではないのが、この次の噴火を知る上で大きな問題なのである。

【作品紹介】
『噴火と寒冷化の災害史 「火山の冬」がやってくる』


『噴火と寒冷化の災害史 「火山の冬」がやってくる』
著者: 石 弘之
定価: 1,056円(本体960円+税)
発売日:2022年08月10日


詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322202001248/
amazonページはこちら


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