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レビュー

長期化するウクライナ侵攻 日々のニュースを見定める手引きの書――古川英治 『 破壊戦 新冷戦時代の秘密工作』レビュー【評者:望月衣塑子】

政治、金融、サイバー空間…あらゆる領域を攻撃するロシアの工作を徹底取材
古川英治著『破壊戦 新冷戦時代の秘密工作』書評

古川英治著『破壊戦 新冷戦時代の秘密工作



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ウクライナ侵攻の1年以上前にロシアの脅威に着目

【評者:望月衣塑子(東京新聞記者)】

 報道機関を活用したプロパガンダ、ネットを駆使したサイバー攻撃、猛毒を使った暗殺——。ウクライナ侵攻を機に、これらロシアの秘密工作に関心が集まっている。著者が「民主社会を破壊する『ダークパワー』」と定義するものだ。
 プーチン政権が長年にわたり、ダークパワーを駆使する目的はどこにあるのか。著者はロシア特派員の経験と人脈を使い、次々と関係者にあたる。だが、その動きは当局に監視され、取材先には屈強な男たちが先回りして待ち構え、こう警告してくる。「ここは無法な国。何でもありだ」。めちゃくちゃ怖い。著者が外国メディアの記者でなければ、とっくに消されていたのではないか。夢中で読み進めていくうちに、ふと「これはいつ書かれたのだろう」と気になった。奥付を見ると、初版は侵攻の1年3ヶ月前。この時期すでにロシアの「破壊戦」に着目していたとは驚きだ。
 侵攻後は日本でも連日、ウクライナ情勢の報道が続く。戦場と化したウクライナの町で、子どもを含む多くの民間人が犠牲になった。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は侵攻後の約2ヶ月間で、少なくとも2787人の民間人が死亡したと発表した(4月27日)。国外に逃れた人数は約600万人にのぼる(5月12日発表)。プーチン政権の恐ろしさを如実に示すニュースも続いた。  
 ガスプロムバンク元副社長や、天然ガス大手ノバテク社の元副会長など、これまで政権を支え、巨額の財産を築いてきた新興財閥「オリガルヒ」たちが侵攻後、わずか3ヶ月で家族もろとも次々と不審な死を遂げている。不自然すぎる。すごく“仕事”が雑だ。でも、それが恐怖支配につながる。「みせしめ」という単語が頭に浮かぶ。

30年で80人以上の記者が殺された

 同業者として、私が最も気になっていたのはロシアのメディア事情だ。政権を鋭く追及してきた独立系メディア「ノーバヤ・ガゼータ」は発行中止に追い込まれ、今は拠点を国外に移している。同紙を発刊したドミトリー・ムラトフ編集長は、「表現の自由」のために戦うジャーナリストとして2021年のノーベル平和賞を受賞した一人。本書では、第2次チェチェン戦争のロシア軍による人権侵害を取材していた同紙のアンナ・ポリトコフスカヤ記者にも触れている。彼女は2006年に襲撃され命を落とした。
 政権にとって不都合な存在は、片っ端から消されてしまう。国際非営利団体「ジャーナリスト保護委員会(CPJ)」によると、ロシアでは最近30年で80人以上の記者が殺された(2021年12月時点)。そんなリスクがあるなかで、客観的な報道などできるのだろうか。当局にコントロールされたニュースを国民は信じているのだろうか。
 思い浮かんだのは、今年3月、ロシア政府系テレビ「第1チャンネル」の生放送中に侵攻反対のメッセージをかかげた編集担当者マリーナ・オフシャンニコワさんだ。勇気に感服すると同時に、安否が気になる。彼女は国内にとどまるというが、いずれ襲われやしないか。本書を読んで、その不安はさらに強まった。
「カドブン」に掲載された著者インタビュー
https://kadobun.jp/feature/interview/cveh79vcinwc.html
https://kadobun.jp/feature/interview/entry-45588.html )
によると、ロシアの政権支持率は侵攻後に8割を越えたという。ウクライナのゼレンスキー政権をネオナチと決めつけ、侵攻はロシア系住民を守るためなどと正当化している。ウクライナ市民の虐殺を伝える西側のニュースも、ロシアメディアにかかれば「ウクライナのでっち上げ」とされる。デマを意図的に流し、撹乱するのはロシアの常套手段という。また、著者の友人たちは事実を理解していても、その家族はすっかり洗脳されてしまっているというから深刻だ。侵攻後のロシア国民の生の声はよくわからない。ウクライナ市民の犠牲に心を痛めているとも聞く。しかし、この状況では誰も表だって政権批判はできないだろう。
 著者は、直接取材した国営プロパガンダメディアの編集長から「客観的な報道なんて存在しない」と言い切られてしまう。本書はこの「売り言葉」への最大の抵抗であり、アンサーだ。客観的事実を積み上げ、ダークパワーの背景をあぶり出す。「ジャーナリストをなめんなよ」。そんな熱意がひしひしと伝わってくる。ロシアは日本に対し、著者が所属していた日経新聞の社長を含む63人を入国禁止措置としたが、これも所詮、撹乱工作にすぎないとわかる。なぜなら、著者がリスト入りしていないから。日々、ウクライナ侵攻のニュースに接するあなたにとって本書は、侵攻にいたる歴史的経緯の理解を助けるだけでなく、ニュースを見定める「手引きの書」となるだろう。

【作品紹介】
『破壊戦 新冷戦時代の秘密工作』


破壊戦 新冷戦時代の秘密工作
著者 古川 英治
定価: 990円(本体900円+税)
発売日:2020年12月10日


政治、金融、サイバー空間…あらゆる領域を攻撃するロシアの工作を徹底取材
フェイクニュースを溢れさせ、大量の黒いカネで各国の指導者をからめとる――。
世界支配をもくろむプーチンによる無法の工作とは。
著者は、ロシア情報機関の元高官や工作員などに接触。
生々しい現状を活写した衝撃作。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322004000010/
amazonページはこちら


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