物語は。
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『スタッフロール』深緑野分(文藝春秋)
評者:吉田大助
直木賞候補となった『戦場のコックたち』『ベルリンは晴れているか』など戦争モノを得意とする深緑野分が、最新作『スタッフロール』で映画の「視覚効果」に携わるクリエイターたちの歴史群像劇を描き出した。大きく二部に分かれWヒロイン体制が取り入れられた物語は、前半部でいわゆる「特撮」に関わる特殊造形師──アナログの世界を活写し、時空がジャンプした後半部ではCGクリエイター──デジタルの世界を描き出す。このシンプルにして強靭な二部構成自体、思い付きそうで思い付けない着想の妙がある。
自らの道を定め、突き進んでいくヒロイン二人がとにかく魅力的だ。一人目のマチルダは、二歳の頃に家の中で目にした影絵の怪物に囚われ、自分なりのクリーチャーを生み出し、動かすことに取り憑かれる。ニューヨークで偏屈な師を得て特殊造形師となり、男だらけの業界をサバイブする日々。二人目のヴィヴィアンは、ロンドンの中堅スタジオに籍を置く敏腕CGクリエイターで、大きな映画賞に個人としてノミネートされたものの落選したことを引きずっている。そんななか、クリエイターとしての己のルーツにまつわる案件に参加することになり……。
後半部から物語を始めることも可能だったかもしれないが、横文字の専門用語が飛び交う業界にいきなり飛び込むのは、読者側の負担が大きかっただろう。粘土細工や化粧といったアナログかつ直感的な「視覚効果」の仕事を前半部で把握しているからこそ、その延長線上としてあるデジタル世界の出来事をすんなり読みこなすことができる。〈映画は科学だ。そして科学は進歩する。科学が進歩すると人間の想像力は更にその上を行こうとする〉、それはCG全盛の今も昔も変わらないのだ、と二人目のヒロインが告げる場面は重要だ。CGは映画から魔法を奪った諸悪の根源だと言われることがあるが、魔法の種類が変わっただけなのだ。本作は、世にはびこる偏見を払拭する一助となることだろう。
特定の業界におけるイノベーションを背景とした物語の場合、試行錯誤と創意工夫の顚末記になりがちなところを、クリエイターたちの日々のものづくりにフォーカスすることで、専門知識の情報処理が軽やかなものになっている。嫉妬や悪意で足を引っ張ろうとする人間は登場しない。ヒロインたちは人間関係で悩むのではなく、ものづくりで悩み、自身の発想の転換や仲間の力を得ることでブレイクスルーを果たす。映画という表現ジャンル由来の「共同制作」は、物語全体を貫く最も大きなテーマである。と同時に本作のヒロインたちの心情には、小説という徹底的に孤独な表現ジャンルを選んだ著者の実感が込められている気がしてならない。着想は素晴らしかったのに世に出ることなく消えていった物語は、これまでどれほど存在しただろう? あるいは『風の谷のナウシカ』の巨神兵のように、生まれた瞬間に崩れて消え去っていった小説は……。着想を充実したかたちで具現化する責務を担うという点で、著者とヒロインたちのへその緒は繫がっているのだ。
ヒロインたちにとって目の前の仕事を完璧に仕上げることは、〈大きな機械を動かす歯車のひとつ〉となることであり、ひいては映画の歴史に〈貢献〉することだった。本作も同様だ。小説は、こんなことも表現できる。小説は、こんなにも面白い。小説の歴史が大きく動く音が聞こえた。
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