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魔都・上海を舞台にした奔放な「人狼」ノワールのたくらみ――馳 星周『月の王』レビュー【評者:上田早夕里】

「月」を背負う男・大神明の大活劇、直木賞作家のハードアクション大作!
馳 星周『月の王』

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馳 星周『月の王


馳 星周『月の王』 カバー画像

馳 星周『月の王』


魔都・上海を舞台にした奔放な「人狼」ノワールのたくらみ

評者:上田早夕里

 主人公の名前が「大神明」なのである。「犬神」ではなく「大神」だ。これだけで、ある世代の読者にとっては強烈なフックになるはずだが、表紙カバーには狼の絵が描かれ、タイトルには「月」の文字まである。
 これはもう、読むしかないのではないか。
 そう感じて本書に飛びついた読者は、私だけではないはずだ。
 いまから五十年以上前、のちに「ウルフガイ・シリーズ」と呼ばれることになる小説が、平井和正という作家によって世に放たれた。このシリーズには「大人が主人公」と「少年が主人公」の二種類があり、現在ではどちらも電子書籍で読める。この作品群の主人公の名前が「犬神明」であり、『月の王』の大神の名前は、ここからのもじりなのだ。
 著者が違うのだから、当然ながら、『月の王』の作風は「ウルフガイ・シリーズ」とは異なる。著者・馳星周の感性によって今風に語り直された――という表現がしっくりくる。主人公は徹底的に落ち着き払っているが、心の底には情熱に裏打ちされた孤独がある。激しい暴力も永遠の愛も描かれるが、どこか懐かしい雰囲気すらそなえたエンターテインメント作品だ。数多の「人狼もの」の定番を踏んでいるので、歴史背景を知らない読者でも、すぐに物語世界に入り込めるだろう。
『月の王』は現代の話ではなく、一九三〇年代の上海が舞台である。フランスで現地の男性と駆け落ちした華族の令嬢・一条綾子が上海へやって来るとわかり、その身柄を押さえるために各国諜報機関が動き始める。華族の令嬢は、他国にとっては外交的な駆け引きに利用できる価値があり、さらに、同行するフランス人男性も貴重な情報を握っていることが判明する。帝国陸軍の特務機関に所属する伊那雄一郎は、機関長である田辺少佐から、他国に先んじて綾子を確保し、フランスの情報も入手するように命じられる。この任務を手伝うために皇室から派遣されたのが大神明であった。伊那は大神の人間離れした能力に驚くが、中国側の組織である藍衣社内部にも異能の者たちがいた。その異能集団の長・杜龍と彼が率いる四天王、そして謎めく他の組織をも巻き込みながら、自由奔放な大活劇が始まる。
 史実の部分について少し補足しておこう。この時代の上海は、複雑な政治的背景のもと、土地の一部が租借地契約によって外国(イギリス、アメリカ、フランス)のものとなっていた。租界には外国企業が進出して莫大な利益を上げる一方で、底辺の労働者の生活環境は過酷極まりない状態だった。各国の諜報員が暗躍し、親日派と抗日派が衝突し、青幇の三大ボスが栄華を極めていた時代でもあった。イギリス人やフランス人以外にも様々な外国人が暮らしており、虹口地区には日本人街が存在した。多彩な文化や芸術が花開いた土地でもある。美徳と悪徳の坩堝。上海が「東洋のパリ」と呼ばれ、国際的な交流の場であったと同時に「魔都」とも称された背景には、このような社会状況がある。
 作中、具体的な年月日は記されていないが、史実における藍衣社の設立年度やその他諸々の要素によって、この物語がいつ起きたのかは推察可能だ(おそらく、一九三二年以降から一九三七年七月六日以前までのいずれかの時点)。しかし、これは現実の近代史に沿った考察にすぎない。有り得ない出来事が次々と起きる本作においては、物語の面白味を優先的に味わうのが筋だろう。ファンタジーとは現実の隠喩である。意味は置き換わり、逆転し、史実以外の部分こそが面白く、物事と人間の本質を指し示している。
 大神明は人の理を超えた存在で、その派手な活躍ぶりには目を奪われるが、大神や杜龍に敗れていった普通の人間たちにも、きらりと輝く部分が随所に存在する。回避不可能な巨大な力の前で怯え、死力を尽くしつつもあえなく敗北していく人間たちの姿は、この著者がノワール小説で描いてきた人々の性質に通底するものがある。担当編集者から「山田風太郎っぽい作品を」とリクエストされたものの、書いてみたら平井和正になったと伝え聞く本作だが、人間の弱さや情けなさの描き方は、これまでの著者の姿勢と、しっかり共通している。
 一気呵成に読み終えてページを閉じたとき、読者はこの物語の先を空想し、期待せずにはいられないだろう。

作品紹介・あらすじ
馳 星周『月の王』



月の王
著者 馳 星周
定価: 1,980円(本体1,800円+税)
発売日:2022年04月04日

「月」を背負う男・大神明の大活劇、直木賞作家のハードアクション大作!
大戦の暗雲が迫る、魔都・上海。帝国陸軍特務機関所属の伊那雄一郎は、田辺少佐から緊急招集を受ける。伝えられたのは、駆け落ちした華族令嬢・一条綾子の身柄を、各国の特務機関や蒋介石隷下の藍衣社に先んじて確保せよという密命だった。しかも、皇室から直接派遣された謎の男・大神明と共に遂行せよという。渋りながらも拝命した伊那であったが、藍衣社の異能戦闘集団を率いる杜龍と四天王に急襲される。死地を救ったのは、身に「月」を背負って人間を遥かに凌駕した膂力で戦う、大神その人であった。やがて、各国の特務機関やマフィアの青幇をも巻き込み、上海租界を血の暴風が吹き荒れる――。最後に勝つのは……誰だ!?
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/321809000203/
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