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特集

【祝!直木賞受賞】ノワール小説の名手、馳星周の角川文庫10作冒頭一挙試し読み!

馳星周さんが『少年と犬』で第163回直木賞を受賞されました。
衝撃のデビュー作『不夜城』やプロ野球のスター選手が修羅の世界に身を投じていくさまを描いた『夜光虫』など、数々の傑作ノワールを世に送り出してきた馳さん。今回は受賞を記念して角川文庫から10作品の冒頭を一挙公開します。
一行目から妖しい熱気が揺らめくノワールの世界を、ぜひご堪能ください!

不夜城

 土曜日の町。クソ暑い夏の終わりを告げる雨がじとじとと降っていた。
 区役所通りを職安通りに向かって歩いていた。手にさげたスポーツバッグがわずらわしかった。土曜と雨が重なった区役所通りは、平日の半分の人影もなかった。狭い歩道を占拠しているのは、ミニから伸びた足をこれみよがしに突きだしている女たちと客引き、それに中国人たち。ときおり、南米や中東の顔も見えるが、数えるほどでしかない。日本語よりもプートンフアや上海語の方がかまびすしい歩道の脇では、客待ちのタクシーが延々と列を作っていた。
 客引きや女たちの手を擦り抜けて、風林会館前の交差点を左に。学生らしき一団が、群れをなして道路一杯に広がっていた。
(『不夜城』より)

第18回吉川英治文学賞を受賞した衝撃デビュー作!



アジア屈指の歓楽街・新宿歌舞伎町の中国人黒社会を器用に生き抜く劉健一。だが、上海マフィアのボスの片腕を殺し逃亡していたかつての相棒・呉富春が町に戻り、事態は変わった――。衝撃のデビュー作!!
https://www.kadokawa.co.jp/product/199999344201/

鎮魂歌 不夜城II

 黒い夢を見る。真っ黒なやみの中、おれの傍らに女が寝ている。おれはただその女を見つめている。女には顔がない。黒く塗りつぶされている。
 シアオリエン。おれは小蓮の顔を思い出せない。写真すら持っていない。
 小蓮。おれが殺した。ヤンウエイミンが殺させた。
 たったひとりのおれの女。おれと同じ世界に生きていたたったひとりの女。
 小蓮は顔を失って眠っている。失くした顔でおれに訴える──なにかを。
(『鎮魂歌 不夜城II』)より

驚異のデビュー作『不夜城』の二年後を描いた、傑作ロマンノワール。



新宿の街を震撼させたチャイナマフィア同士の抗争から2年、北京の大物が狙撃され、再び新宿中国系裏社会は不穏な空気に包まれた! 『不夜城』の2年後を描いた、傑作ロマン・ノワール!
https://www.kadokawa.co.jp/product/199999344202/

長恨歌 不夜城完結編

 ヤンウエイミンは窓の外を眺めた。分厚い雲に覆われた空の下にざく門が見える。町から古いしんせきを訪ねて横浜にやって来て以来、空はいつもぐずついている。天と地との境目があいまいになっている。中古マンションの部屋から見おろす中華街の光景も、どこかくすんだままだった。
「健一のやつめ……」
(『長恨歌 不夜城完結編』)

『劉健一を殺さなければならない』 大ヒットシリーズ、衝撃の終幕!



残留孤児二世として歌舞伎町に生きる武基裕。麻薬取締官に脅され引き合わされた情報屋、劉健一が、武の精神を蝕み暴走させていく――。大ヒットシリーズ、衝撃の終幕!
https://www.kadokawa.co.jp/product/200702000660/

夜光虫

 一八勝三二敗三セーブ。防御率四・五二。一九九一年にノーヒットノーラン達成。オールスター出場。
 おれが日本野球界に残した数字だ。どうってことはない。勝敗や防御率の数字はもう少し変化するはずだった──立花から呼び出されなければ。
「来シーズンからおまえに用はない。どうする。監督に頭を下げてトレード先を探してもらうか?」
 頭を下げた。おれを欲しいというチームはなかった。ユニフォームを脱いだ。グラヴをごみ箱に放り投げた。同期の連中が酒の席を用意してくれた。億の年俸を稼いでいるやつに土下座した。
 借金でつくった会社。野球しかしたことのない社長。うまくいくはずがなかった。二年でつぶした。借金だけが残った。倒産が決まったその日、女房が家を出ていった。元々名前だけの夫婦だったが、心は充分に傷ついた。
(『夜光虫』より)

しらを切れ、丸め込め、あいつを黙らせろ!



プロ野球界のヒーロー加倉昭彦は栄光に彩られた人生を送るはずだった。しかし、肩の故障が彼を襲う。引退、事業の失敗、莫大な借金……諦めきれない加倉は台湾に渡り、八百長野球に手を染めた。
https://www.kadokawa.co.jp/product/200103000567/

マンゴー・レイン

 バンコクには最悪と呼べる代物がいくつかある。雨季に入る直前の酷暑がそのひとつ。明け方から気温はぐんぐんあがり、昼前にはれんごくの様相を呈する。太陽にあぶられたほこりっぽい空気が肺を焼く。思考が停止する。
 酷暑は季節的なものだが、交通渋滞はバンコクの日常と化している。バンコクの道路事情は他の国の大都市にくらべても極端に悪い。メインの道路からはソイと呼ばれる小さな通りがいくつも延びている──大抵のソイは袋小路になっている。他の幹線道路に抜け出ることはできない。つまり、この大都会には抜け道がほとんど存在しない。ソイのどん詰まりには金持ちが大邸宅を構えている。政府が交通渋滞緩和のためにソイを延長しようと計画を立てても連中がうなずくことはありえない。おれが金持ちの立場でもそうする。既得権益を自ら放棄する人間などありえない。
(『マンゴー・レイン』より)

神の都バンコクで出会った男と女の行き着く果ては――



タイ生まれの日本人、十河将人は、バンコクで偶然再会した幼馴染みから、中国人の女をシンガポールに連れ出す仕事を請け負った。だがその女と接触してから、何者かが将人をつけ狙うようになる。
https://www.kadokawa.co.jp/product/200412000098/

雪月夜

 車──白いスカイライン。車体は泥で汚れている。ナンバープレートが示しているのはさつぽろのレンタカー。気づいたのははまぐちと話している途中だった。日本語とロシア語で北方領土返還を訴える巨大な看板の下にとまっていた。地吹雪と共に排気ガスを吹きあげている。窓にこびりついた雪が車内をうかがうことを妨げていた。
 どれぐらい前からそこにとまっていたのかはわからない。だが、十分前にはそこにいたことは確かだった。こんなところで札幌から来たレンタカーがなにをしているのか──立ち小便をしているには時間がかかりすぎていた。外の気温はマイナス十度。風も強い。体感温度はマイナス二十度を超えている。
「だからさ、無理いってんのはわかってるっしょ。だけど、そこをなんとかしてくれるのが友達だべさ」
(『雪月夜』より)

抒情と悲壮美に満ちた馳ノワールの新たな到達点



裕司は幸司を殴る。幸司は裕司に嘘をつく。根室で育ち、二十年、そうやってきた。うんざりだった。ふたりを繋ぐ鎖を断ち切りたかった――。抒情と悲壮美に満ちた馳ノワールの新たな到達点。
https://www.kadokawa.co.jp/product/200508000244/

虚の王

 おれが出世したら、おまえにもいい目を見せてやる──はらはいった。
 でたらめだ。だが、その言葉以外、すがるものがない。
 耳をろうするリズム。目が痛くなるほど頻繁に切り替わる照明。踊り狂うガキたち。フロアの片隅──踊らないガキたち。
 につたかひろは目をこらした。コロナビールをラッパ飲みした。つま先でリズムを刻んだ。リズムにあわせて肩を揺らした。フロアの隅に目を向けている人間は他にいなかった。踊りに夢中になっているやつら。ナンパしているやつら。見て見ぬふりをしているやつら。
 隆弘はゲップをもらした。フロアの中央に進みでた。ひじがだれかの背中にぶつかった──そいつがにらみつけてきた。その目におびえの色が走った。隆弘は肌に張りついたシャツのすそを引っ張った。発達した筋肉が盛りあがった。
(『虚の王』より)

狂気と暴力が破滅への扉を開く――。



兄貴分の命令で、高校生がつくった売春組織の存在を探っていた覚醒剤の売人・新田隆弘。組織を仕切る渡辺栄司は色白の優男。だが隆弘が栄司の異質な狂気に触れたとき、破滅への扉が開かれた――。
https://www.kadokawa.co.jp/product/200508000245/

古惑仔

 冷んやりとした風が家健ガーキンの頰をでた。背中にへばりついたシャツが小さくはためいた。
「綺麗ね」眼下を見下ろしていた里美がため息をもらした。「まるで宝石みたい」
 家健は里美の視線を追った。ヴィクトリアピークから見下ろす香港。家健はまゆをしかめてつばを吐いた。
「宝石ったってまがい物の宝石じゃねえか」
 広東語のつぶやきは、里美の耳には届かなかった。家健は里美の後ろ姿を盗み見た。うなじにうっすらと汗をかいている。薄いブルゥのワンピースが汗で肌に張りついている──ブラジャーが浮きあがって見える。スカートから伸びる足は、香港の女のそれより肉が張りつめていてなまめかしい。
(『古惑仔』収録「古惑仔」より」)

這い上がれ。足掻き続けろ。絶望の淵に溺れる前に――。



5年前、中国から同じ船でやってきた阿扁たち15人。だが、毎年仲間は減り続け、残るは9人……。歌舞伎町の暗黒の淵で藻掻く若者たちの苛烈な生きざまを描く傑作ノワール、全6編。
https://www.kadokawa.co.jp/product/200508000246/

殉狂者

 フランス・バスクからスペイン・バスクへ。国境の町でパスポート検査を受けると列車はすぐに動きだす。国境を越えてもなにも変わらない。かすかに色せた緑に覆われたなだらかな丘が続き、丘の斜面で羊の群れが草をんでいる。丘の北にはカンタブリア海が広がり、南にはしゆんげんみねが連なる。
 パリで会った男の話がよみがえる。バスク人はフランス人とスペイン人が勝手に引いた国境線を認めない。
 確かに、景色を見る限り、フランス・バスクとスペイン・バスクはひとつの地域だ。
 列車が速度を落としはじめる。おれは網棚に載せていたボストンバッグをひざもとに置く。
(『殉狂者』より)

ヨーロッパ=バスク地方を舞台にした、交錯する二つの時代の物語



1971年、日本赤軍メンバー吉岡良輝は武装訓練を受けるためにバスクに降りたった。過激派組織〈バスク祖国と自由〉の切り札となった吉岡は首相暗殺テロに身を投じる――。
https://www.kadokawa.co.jp/product/321402000177/

暗手

 欲望に身を任せた。
 噓をつき、それをするためにさらに噓をついた。
 糊塗しきれなくなると、殺した。
 噓をついてまで手に入れたかった女に愛想を尽かされた。家族に捨てられた。
 さらに殺した。
 顔を変えた。名前を変えた。
 そして殺した。
 殺した。殺した。殺した。
 殺しすぎて台湾にいられなくなった。
 そしておれは今、イタリアにいる。
(『暗手』より)

★試し読みのつづきはこちら
各紙誌絶賛の長編ノワールついに文庫化! 閉塞感を打ち破る弩級のエンタメ小説『暗手』試し読み#1

生きるために堕ち続ける――。



台湾で殺しを重ね、絶望の淵に落ちた加倉昭彦。過去を抹殺した男が逃れ着いたのはサッカーの国イタリアだった。裏社会が牛耳るサッカー賭博、巻き込まれたGK、愛した女に似たひと……。緊迫長編ノワール!
https://www.kadokawa.co.jp/product/321910000665/


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