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【書評連載「物語は。」】四人の少女たちの背中に人類の歴史が見える——カスガ『コミケへの聖歌』【評者:吉田大助】

これから“来る”のはこんな作品。
物語を愛するすべての読者へ
ブレイク必至の要チェック作をご紹介する、
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(本記事は「小説 野性時代 2025年3月号」に掲載された内容を転載したものです)

書評連載「物語は。」第133回

『コミケへの聖歌』カスガ(早川書房)



評者:吉田大助

四人の少女たちの背中に
人類の歴史が見える

 現代の東京は、東京生まれ東京育ちの人々も多い。国立社会保障・人口問題研究所が二〇二三年に行った「第九回人口移動調査」によれば、東京に住んでいる人の東京生まれ東京育ちの割合は六三・六%。高度経済成長期に地方出身者が続々と上京し、定住した結果だ。このところ東京都の人口は「転入超過」の傾向にあると言われるものの、外から見ても内から見ても、ライフプランにおける「上京」のインパクトが減っていることは間違いないだろう。本屋大賞受賞作『成瀬は天下を取りにいく』(宮島未奈/新潮社)の続編『成瀬は信じた道をいく』で、ヒロインの成瀬は都会の大学に進学するも迷いなく実家通いを決めていた(父は一人暮らしをするのではないかとヤキモキしていた)が、そんなところにも令和の時代性が反映されていたように感じられる。
 第一二回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作『コミケへの聖歌』(カスガ)は、今どき珍しい、堂々たる「上京物語」だ。ただ、令和の今に「上京物語」を描くには、これくらい世界を歪ませなければならなかったのかもしれない。その世界では文明は滅んでおり、東京は「廃京」と呼ばれている。
 物語は〈荒廃した世界のはずれにあるイリス沢集落地の、そのまたはずれの森の中〉にあるボロボロの農具倉庫を改装した「部室」で幕を開ける。「イリス漫画同好会」に所属する四人の少女はここで密かにマンガを描き、手作りの同人誌を発行していた。お手本は旧時代の住居跡から発掘した、マンガの単行本だ。個々の作品の全巻が揃っているとは限らず、物語の発端や結末は分からない。主人公のゆうなぎと幼なじみのは、物語の欠落を自分たちで想像して描くことを始め、マンガに頻出する表現からその行為を「部活」と呼ぶように。やがて二人はオリジナルのマンガも描くようになり、スズ、かやという同世代の新しい仲間も得た。
 イリス沢の南方に位置する「廃京」の周辺は、赤いしようが立ち込める不毛の荒野である。リーダーの比那子は、旧文明の崩壊前に「廃京」の海岸で開かれていたマンガの祭典が今も開かれ、その伝統を守り続けている人がいると信じていた。比那子がある日、「部室」に持ち込んだのは旧時代の古地図だ。イリス沢から「廃京」までの距離は思いのほか近く、一本道で繫がっていた。「今年こそは、冬が来る前にコミケへ行くよ」。数日後には出発すると言う比那子にスズと茅は同調するが、悠凪は首を縦に振らない。比那子は悠凪に、三日以内に「コミケへ行きたい」と言わせてみせる、と宣言し……。
 創作物の摂取、あるいは創作への衝動がいかに個人の人生を変え、文化や文明を準備するのか。その辺りがテーマになってくるのかと思いきや、むしろフォークホラー(村ホラー)の様相を呈している点が興味深い。文明崩壊後の社会は、過去の因習を繰り返すことになるだろうという未来観には、恐ろしいほどのリアリティを感じた。悠凪は、曽祖母を始祖とする医師の家庭に生まれ、共同体のために家業を継ぎ自らも医師になることが運命付けられている。すでに医師としての手ほどきを受けている彼女がコミケへ、「廃京」へ、コミュニティの外へと出たいと願うのだとしたら大きな動機が必要となってくる。物語は、それに応える。
 彼女たちはコミケがそもそも存在しない可能性を認識しており、憧れの「廃京」=東京に行けば夢が叶うと信じ切っているわけでもない。けれど、それでも、東京を目指す。上京とは、移動のメタファーだ。それは彼女たちの人生にとって最善な選択ではないのかもしれないが、こんなふうにして人々が移動してきたからこそ、文化は広がり文明が生まれた。四人の少女たちの背中に、人類の歴史が見える。そこを表現できるのが、SFの凄みなのだと思う。

【あわせて読みたい】
『スター・シェイカー』人間六度(ハヤカワ文庫JA)



人類が瞬間移動能力に目覚めた近未来日本。事故で能力を失った主人公が、謎の組織から追われる少女を東京から沖縄へと逃すために奔走する。物語の核にあるのは、「移動は生存そのもの」というビジョン。「ここではない何処か」を目指して移動し、進化を遂げてきた人類への祝福に満ちた、第9回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作。


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