明るくPOPな表紙に、イマドキ男女の爽やかラブストーリーか? と思ったらまんまと騙された。
この作品は『神様のカルテ』で幅広い層から支持を受ける作者が、現在問題となっている高齢者医療や尊厳死について真正面から取り組んだ意欲作だ。
舞台は長野県松本市郊外の梓川病院。3年目の看護師として務める月岡美琴が、研修医としてやってきた桂正太郎と出会うところから物語は始まる。美琴はちょっと勝ち気で正義感の強い女性、かたや花屋の息子という変わり種医師である桂は、花を愛でる優しさを持つ草食系男子だ。その二人が病院内で起こる様々な問題に悩み、奮闘する様子が描かれる。
入院患者の多くが高齢者で占められ、救急医療も引き受けるため常に人手不足という悩みを抱える梓川病院の実情は、現実の地方病院の抱える問題をリアルに反映しており、作者の言わんとする事に説得力を与えている。
プロローグから続く第1話~4話では、それぞれ延命処置の是非や高齢者に対する医療ミスなど興味深いテーマが取り上げられているが、さりげなく描かれる病院内の様子や患者の描写はなかなかリアルで衝撃的だ。例えば、80歳以上の入院患者が8割にものぼる病室で、もはや病気なのか老衰なのか判然としない人たちがチューブに繋がれ天井を見上げたまま身動きもしない様子。デイルームに集まってお笑い番組を見ている老人たちが誰一人として笑っていない様子。綺麗事だけでは済まされない厳しい状況の中で、それを日常として奮闘する医師や看護師たちの姿に現実の厳しさを見る。
桂の指導医として登場する医師たちの中で、特に印象に残るのが第2話の「ダリア・ダイアリー」の谷崎医師だ。
80歳を超える患者には必要以上の延命処置を施さず看取りに持っていく「死神の谷崎」。「処置することに意味がない」と非情に言い放つ谷崎だが、その主張は明快だ。自然な死を待つばかりとなった高齢患者への過剰な延命処置が、他の若い患者の治療機会を奪っている現実。繰り返される投薬の末に生まれる多剤耐性菌が次の世代へ与える脅威。人は老いたら順番に死ぬべきだと言わんばかりの主張は乱暴にも思えるが、真実を捉えている気がする。
倫理的に問題がある、家族の心情に配慮して。そんな綺麗事ならいくらでも言える。既に世の中はのっぴきならない状況に陥っていることに谷崎は警鐘を鳴らしているのだ。
こう書くと随分重苦しい話のように思われるかもしれないが、読みやすい文体であることや、美琴と桂のじれったい関係などを上手く挟んでいるため、彼らの成長物語としても楽しめる。より多くの人に広く手にとってもらおうとする作者の姿勢が、この絶妙なさじ加減に表れていると言えるだろう。
「終活」や「人生会議」など、自らの死についてオープンに語ることが当たり前になりつつある昨今、「どう老いてどう死ぬのか」を改めて考えさせられた。肩肘はらずに親子で読んで意見を交わす、そんなきっかけを与えてくれる稀有な作品だ。