書評家・作家・専門家が《今月の新刊》をご紹介!
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(評者:暦本 純一 / 東京大学大学院 情報学環 教授)
プログラミングを習い始めたときに、基本的なデータや制御構造を覚えた次に学ぶのがデータ構造である。そのデータ構造として最初に出てくるのが「配列」、つまりデータのリストだ。リストはすべての情報構造の中でもっとも基本的なものだといえる。日常生活でも、買い物リストのような、何かを箇条書きにしたものはふつうに作ったり使ったりしているだろう。そんな、皆がもう使っている「リスト」をあらためて取り上げて、それを知的生産の道具として見直してみようというのが本書である。リストのような簡単なもので、いったい何ができるかと不思議に思うかもしれないが、読んでいくうちにリストの強力さや奥深さが分かってくる。
本書『「リスト」の魔法』では、さまざまな種類のリストについて、その使い方から実践的な作成方法について詳しく解説している。To Doリストや作業リストから、思考と記憶を拡張するリスト、自分と向き合うためのリストのようなものまでを網羅している。リストを管理する技法も、紙ベースのものからデジタルツールを利用するものまでが解説されている。
本書を読んでいてあらためて認識したのは、リストというのは何かを「言語化」するための道具立てだということだ。わたしたちは、自分で分かってるつもりでも、実際にそれを言葉として書き出してみると苦労することが往々にしてある。そうやって言語化するプロセスを経て、はじめて自分が何を考えていたのかが分かるときがある。思考を整理したり発想を支援するためのさまざまな道具立てが提案されているが、言語化こそが最強の思考ツールなのではないだろうか。リストは、まさにその言語化を促進するもので、言語として箇条書きにされたものを眺めることで、自分の記憶容量を超えて自分の思想を見渡すことができる。本書ではこれをブレインダンプと言っていて、自分の頭の中をいったんリストとしてダンプすることの意義を述べている。
また、リストは各項目が一行の言語化であるという特徴も重要だろう。長い文章で表現するのではなく、一行で完結しているものを並べていく。その一方で、文章もパラグラフ(段落)のリストだし、それぞれのパラグラフにはパラグラフを代表するトピックセンテンスと呼ぶ一文がある。長い文章でもその本質は一行を並べていったリストである。リスト作成術は文章構成術にもつながる。
私自身は、研究を仕事としているので、思いついたものをなんでも一行に言語化して追加するアイデアリストをメンテしている。そこから発展して研究テーマとして独り立ちしていくものもあるが、お蔵入りするものも当然多い(収穫率は1割以下か……)。こういうアイデアは思いついた瞬間に記録しないと忘れてしまうので、スマホのドック(下側のもっともアクセスしやすい領域)から、電話アイコンを追い出してメモ書きアプリを設定している。つまり電話よりもアイデアのリストのほうが大事だということだ。作ったリストを眺めていると、同じことを何回も再発明しているのが分かって苦笑してしまうが、それもリストとして思考を外部化していなければ気づかないままだったかもしれない。
簡単なようで深いリストの他の例としては、自分のオススメやベスト10のリストがある。たとえば、今までに読んだ本のベスト10、今まで見た映画のベスト10、レストランのベスト10といったリストを思い浮かべてほしい。実際に作ってみようとするとこれまでの人生すべてが反映されているようで手強い。ベスト10なのでどれを「入れないか」という知的パズルのような側面もあるのだ。そうやって自分のリストを作ると、今度は他の人のベスト10を知りたくなる。それぞれの人にとってのベスト10なので、一般論としての名作リストではない面白さがあり興味が尽きない(Twitterでは #名刺代わりの小説(映画)10選 などのハッシュタグでそういうリストの例をみることができる)。
さあ、あなたはどんなリストを作ってみたいですか。
▼堀 正岳『仕事と自分を変える 「リスト」の魔法』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321906000881/