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レビュー

閉幕(カーテンフォール)か、幕間(インタールード)か――? 『怪盗探偵山猫 深紅の虎』

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(評者:宇田川 拓也・書店員)


神永 学『怪盗探偵山猫 深紅の虎』

神永 学『怪盗探偵山猫 深紅の虎』

 二〇〇六年『山猫』のタイトルで単行本が刊行され、二〇一〇年『怪盗探偵山猫』と改題文庫化。巻を重ね、二〇一六年に亀梨和也主演で連続テレビドラマにもなった神永学の人気シリーズ「怪盗探偵山猫」が、第六弾『怪盗探偵山猫 深紅の虎』で、ついに完結を迎えることとなった。
 物語は、大手通信会社のシステム開発も手掛ける企業〈ビルド〉に潜入した雑誌記者の勝村英男が、警備員に追い掛け回される場面から幕が上がる。
 表向きには優良企業として知られる〈ビルド〉だが、裏では自社で開発したアプリに特殊なプログラムを組み込み、秘かに個人情報を抜き取っている――という噂がネット掲示板を中心に囁かれていた。
 義憤に駆られた勝村は早速記事にしようとするが止められてしまい、下北沢にある馴染みのバー〈STRAY CAT〉のマスターに愚痴をこぼす。

「だったら、おれがその不正を暴いてやってもいいぜ――」

 ご存知このマスターこそ、鮮やかな手口で悪党から金を盗む神出鬼没の〝怪盗〟にして、盗みに入った標的の悪事をも暴いてしまう〝探偵〟――〈山猫〉だ。勝村はその口車に乗せられ、片棒を担いだことで前述のような事態に陥ったというわけである。
 冒頭から息つく間もない危機また危機の連続でたちまち引き込まれるが、さらに予想外の事態が発生する。
 なんと大金を盗み出し、現場に残してきたはずの悪事を告発する犯行声明が消失。さらに警視庁捜査一課の刑事――霧島さくらの目の前で勝村が正体不明の二人組に拉致されてしまう。
 首謀者は、アジア圏を中心に裏社会で暗躍し、その残忍で容赦のないやり口から〈深紅の虎〉と恐れられる男で、山猫とはなにやら因縁浅からぬ関係があるらしい……。
 シリーズのクライマックスにふさわしい最強の敵との熾烈な頭脳戦。これまで語られることのなかった山猫の知られざる過去。そして、妖艶なジュエリーショップ経営者の里佳子や犯罪捜査に異常なまでの執念を燃やす型破りな刑事の〝狂犬〟犬井といったレギュラー陣に加え、天才ハッカー少年――真生、元暴力団の組長の娘――みのりといった印象深いキャラクターも続々と再登場。ここで区切りをつけてしまうのが心底惜しくなるほどの、神永作品のなかでも最高レベルのリーダビリティで一気呵成に読ませる抜群のエンタテインメント小説になっている。
 著者は「あとがき」で、なぜ〈山猫〉誕生から十三年経ったこのタイミングでシリーズの幕を閉じようと思ったのかを吐露している。現代の〈義賊〉を描く痛快ピカレスク・アクション・ミステリーは〝時代の流れ〟を敏感に察知するとともに、本作においてあまりにも巨きく卑劣な悪を示してみせた。確かにこの敵の鼻を明かそうとするなら、シリーズの持ち味である痛快さを失うような長く重苦しい戦いを強いられるかもしれない。
 いまもっとも悪事が暴かれるべき存在とはなにか? 新元号となった現在のこの国がどのような局面を迎えているのかを改めて突きつけられ、なんとも不気味な薄ら寒さを覚えるしかない。
 ともあれ、ひとまず幕が下りたいま、読者は惜しみない拍手を送ることだろう。そして閉じた幕の向こうに期待を込めたまなざしを向けてしまうに違いない。
 これは閉幕カーテンフォールなのか、それとも幕間インタールードか――?
 これからもつぎつぎと紡ぎ出される神永学作品を追い掛けていくなかで、いつか思わぬ形でその答えに出会う日が来ることを強く信じたい。

ご購入&試し読みはこちら▶神永 学『怪盗探偵山猫 深紅の虎』| KADOKAWA


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