さらば、山猫――!?
最強の敵が現代の義賊に襲いかかる。累計90万部の話題シリーズ、堂々完結!
ドラマ化もされ、話題になった「怪盗探偵山猫」シリーズ完結巻、
『怪盗探偵山猫 深紅の虎』がいよいよ刊行。
シリーズ完結を記念し、カドブンでは、シリーズ1冊目の『怪盗探偵山猫』の
試し読みを公開します。
希代の名盗賊の活躍をぜひお楽しみください。
主な登場人物
勝村英男……雑誌記者
霧島さくら……刑事
森田……刑事課長
関本……警部補
今井洋介……元雑誌編集長
Previous night
前夜 闇夜の猫
男は、ビルの屋上に立ち、頭上で
黒いニット地の覆面をつけていて、その顔をうかがい知ることはできない。
「時間だ」
男は、ポケットから板チョコを取り出し、一口かじると、
担いでいたリュックから、ショットガンに似た形状をした、救命索発射銃を取りだす。
空気圧により、離れた場所にワイヤーなどを射出するための銃で、災害救助などで使用されている。
男は、脇を締めるようにして救命索発射銃を構える。
狙うは、隣のビルにある給水塔のパイプ。
距離は、直線で三十メートル。隣にあるビルの方が、一階分低い位置にある。
男が引き金を引くのと同時に、ボンと鈍い音がして、ワイヤーの付いた
「ビンゴ」
男は、笑みを浮かべながら言うと、ワイヤーの端を配電ボックスの留め金に固定する。
これで、ビルの間をワイヤーでつなぐことができた。
男は、リュックの中から滑車を取り出し、それをワイヤーに引っかける。
「では、行くとしますか」
男は、滑車を強く
五十メートル以上の高さがある。落ちれば、死は免れない。だが、男は何の
ワイヤーを走る滑車に運ばれ、男は瞬く間に隣のビルの屋上に到着した。
「楽勝」
男は、得意げに微笑む。
今、男がいるビルは、万全のセキュリティーを売りにしている。
事実、入り口には、カードリーダーと静脈認証によるセキュリティーゲートがあり、入退出の履歴は、全てデータ保存されている。
強引にこじ開ければ、たちどころに警備員が駆けつける。
だが、それは地上からの侵入者に対してだけだ。
入り口に万全を期すあまり、侵入できるはずがないという慢心が生まれている。
そこが、セキュリティーの穴になる。
男は、リュックから電動式のドライバーを出し、エレベーターシャフトへと通じるパネルを取り外す作業に取りかかる。
素早い手つきで、パネルを外し、ペンライトをくわえたままエレベーターシャフトの中に侵入する。
エレベーターシャフトに、警備システムが無いことを、男は知っていた。
これも、慢心から生まれるセキュリティーの穴──。
男は、リュックからロープを取り出し、その端をポールに結びつけ、もう片方を身体に装着したハーネスに取り付ける。
「よし」
そのまま、クライミングの要領で、するするとエレベーターシャフトを降りていく。
男は、十メートルほど下降したところで、動きを止め、シャフトの壁面を注意深く観察する。
「あった……」
上の階と下の階の扉の間に、配管用に作られた高さ五十センチほどの隙間がある。一般家庭でいうところの、天井裏にあたる。
男は、その隙間に身体を滑り込ませると、ロープを外した。
エレベーターの扉の前には、赤外線の防犯装置が待ち構えている。
だが、配管用のスペースには、防犯装置は存在しない。
ビルの図面は、全て頭の中に入っている。ペンライトをくわえたまま、
五分ほど進んだところで、点検用に設けられたパネルを発見した。
息を殺し、慎重にそのパネルを外す。
男は、眼下に目的の場所があることを確認し、目を輝かせた。
ここは社長室の真上だ。三百坪ほどの広さがある事務所の一角をパーティションで区切って個室にしてある。
天井に、半球の物体が取り付けてあるのが見えた。
赤外線感知センサーだ。
目に見えない赤外線を照射して、動く物体を感知すると、警備に通報する仕組みになっている。
一見、万全に思えるこの装置には穴がある。それは、部屋全体を網羅しているわけではないということだ。
たいてい、ある一方向に向かって赤外線が照射されている。
この部屋の場合は、事務所スペースへと通じるドアだ。
装置より後方にいれば、感知されることはない。
それと、もう一つ。このセンサー自体に警報装置がないということだ。
男は社長のデスクの上に降り立つと、ドライバーを取り出し、センサーのカバーを外す。むき出しになった機器から伸びる一本のコードを切断した。
これで、ただのガラクタ。
男は、部屋の隅に置かれた金庫の前に歩み寄った。
「あとは、頂くだけだ」
男が、うっすらと笑みを浮かべた──。