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レビュー

あの『ドミノ』がますますクレイジーに、カオスに、パワーアップしてかえって来た!『ドミノin上海』

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(評者:タカザワケンジ / 書評家)

 今度は上海だ!

 恩田陸の人気作『ドミノ』の、なんと19年ぶりの続編である。

『ドミノ』とはどんな小説なのか。まだお読みでない方のために簡単に説明しておこう。毎日大勢の人たちが行き交う東京駅。そこにまったく無関係の人たちが、ほんのちょっとした偶然から関わり合い、最初はこぶし大ほどだったトラブルが雪だるま式にどんどん膨らみ、果ては東京駅が……という事態に陥るパニック小説である。タイトルの『ドミノ』とはドミノ倒しのドミノであり、次々と連鎖反応が起きていく物語そのものである。


1巻

『ドミノ』


 一般的に傑作の続編は難しい。たいていは「1」のほうがよかった、といわれがちだ。映画ではとくにその傾向が強く、例外は『ゴッドファーザー PARTⅡ』くらいではないかと長くいわれていた。

 しかし、その定説をくつがえした映画監督がいる。『ターミネーター2』と『エイリアン2』で前作を上回る評価を得たジェームズ・キャメロンである。この2作に共通する成功のキーワードは「増量」だ。キャメロン自身が低予算でつくった『ターミネーター』は続篇の予算が飛躍的に増えたため、スケールアップが比較的たやすかったかも知れないが、『エイリアン』は名匠リドリー・スコットが監督し、公開当時から名作の誉れ高かった。まだキャリアが浅かったキャメロンにとって「2」の監督をするのは大きなプレッシャーだったはずだ。しかし「1」では1匹だったエイリアンを「2」では大量に出すという方法で乗り越えた。日本版のポスターが「今度は戦争だ!」だったのは、「1」と「2」の違いを端的に示している。前作はSFホラーだったが、2ではそこにアクションを加え規模を拡大したのだ。

 『ドミノin 上海』もまず前作を物量で上回っている。東京(当時の人口約1200万人)から上海(人口約2400万人)へと舞台を移し、単行本のページ数は340ページから568ページへと増量している。登場人物は27人と1匹から25人と3匹へとトータルでは増減なしだが、ポイントは動物が増えていること。それも中国といえばこの動物──そう、パンダ!──が主要登場「動物」の1頭として活躍する。ご臨終された動物もいて、霊になったことでその行動範囲が空中に広がっている。


書影

『ドミノin上海』


 物語の中心にあるのは、中国由来のお宝「玉(ぎょく)」である。「蝙蝠」とあだ名されるこのお宝をめぐる攻防が物語全編を貫く。しかし最初から全体像が見えている本物のドミノとは異なり、ページをめくらないと先が見えないのが恩田陸の『ドミノ』の特徴だ。「蝙蝠」の行方も気になるのだが、それ以上に、物語がどのように分岐していくかまるで読めない。ドミノが倒れていく様子をステディカムで追いかけていくようなスリルに満ちている。

 その象徴ともいえるのがイントロダクションだ。『ドミノin上海』を開くと、「-5」という数字から始まる。まず描かれるのは『ドミノ』にも登場したあのイグアナのダリオの葬儀である。「-4」には虎視眈々と動物園からの脱走を狙っているパンダの厳厳(ガンガン)が登場する。「-3」は四つ星クラスのホテル、青龍飯店の宴会場。現代アートのフェアが開かれ、信じられないような高値をつけた作品が並んでいる。「-2」は「寿司喰寧(スシクイネエ)」なる寿司のデリバリーショップ。『ドミノ』に登場した市橋健児が上海で起業した店だ。そして「-1」で、いよいよ前作で物語の発端となった関東生命の3人の女性社員が登場する。頼れる中堅社員の北条和美、元柔道少女の田上優子、かつて暴走族でならした過去を持つ加藤えり子。『ドミノ』の読者にとっては懐かしい面々だ。そして何かが起きる予感がする。考えてみれば、一見どこにでもいそうな彼女たちの「引き」の強さが、『ドミノ』で騒動を招いたような気がする(気のせいかも知れないが)。前作から5年がたち、彼女たちが上海で顔を揃えた理由は……本編をお読みいただくとして、この5つのシーンがカウントダウンとなり、タイトルページへ。そして「1」から物語が動き始めるのだ。ワクワクさせてくれる趣向である。

 それぞれ別々の人生を送っていた彼らが人生を交差させ、大事件へ発展していくという流れは前作の通り。ただし、舞台が上海ゆえ、題材もインターナショナルだ。中国の長い歴史を背景にした骨董品や、経済成長著しい彼の地を象徴する現代アートをからめつつ、日本から渡ったIT起業家(関東生命の元社員である)、千葉から上海へと居を移しても速さには妥協しないデリバリーと、渋滞が名物となった上海で交通ルールを守らせようとする警察、そこへパンダの脱走騒ぎまで起こり、大騒動になっていく。

 と、ここまで書いただけでも相当にカオスで、クレイジーな世界が描かれていることがわかると思う。

 恩田陸といえば、2017年に直木賞受賞作の『蜜蜂と遠雷』で、音楽を文章で表現するという難問に挑み読者を唸らせた作家。文章の力をこれでもかと見せつけた『蜜蜂と遠雷』に対して、こちらは徹底したエンタメを志向している。スピーディーな展開に、笑いあり、アクションあり、ダンスあり。ほろりとさせる場面もある。まさにページターナー。つきぬけた面白さをぜひ味わってほしい。

恩田陸ドミノin上海』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/321908000115/

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