今月の太鼓判!
本選びに失敗したくない。そんなあなたに、旬の鉄板小説をドドンとオススメ!
伊坂 幸太郎『クジラアタマの王様』(NHK出版)
ハシビロコウ。火事。金沢・法船寺の義猫塚。そんなキーワードでまったく無関係の三人がつながった。それも夢の中で巨大な生き物と戦う戦士として。
夢と現実にははっきりとした壁があり、別々のものとして私たちは受け止めている。しかし、もしも壁が崩れ、夢と現実とが侵食し合ったとき何が起きるのか。伊坂幸太郎の最新刊は、言葉通りの「夢うつつ」のまどろみと、そこから覚醒したときのダイナミズムとを楽しめる長篇小説である。
語り手であり主人公でもある岸は、菓子メーカーの宣伝広報局に勤める会社員。第一子を妊娠中の妻とテレビを見ているとき、やけに嘴の大きなハシビロコウという鳥に視線を引き寄せられる。そんな経験の後、商品へのクレームから始まった騒動をきっかけに、都議会議員の池野内と知り合う。騒動が落ち着いた頃、池野内は岸宛に個人的なメールを送ってきた。ハシビロコウの画像が添付され、「この鳥に見覚えはありませんか?」「お話できませんか」という文章とともに。
池野内は夢の中で、岸ともう一人とともにこの世のものとは思えない大きな生き物と戦っていたというのだ。しかもそのもう一人とは、岸の会社のマシュマロをテレビで絶賛した小沢ヒジリという人気ダンスグループのメンバーだった。そして、三人ともハシビロコウに見覚えがあり、八年前に金沢で火事に遭っていたのである。火事の晩、彼らは夢の中で火を吐くオオトカゲと戦っていたのだ。そしてその戦いに勝ったおかげで生き延びることができた……のだろうか。
夢とは奇妙なものである。一人一人が別々に見ているのに、同じ夢を見たなどという奇妙な現象がしばしば報告される。もしかすると私たちの夢はどこかでつながっているかもしれない。そういえば、心理学者のユングは夢を人類に共通する集合的無意識からのメッセージだととらえていた。だとすれば、夢の中で見知らぬ人たちとモンスター相手に戦うこともありえないことではない。まるでオンライン・ゲームのように。
伊坂幸太郎は、このとびきり奇妙で魅力的な「戦い」を描くうえで、新しいチャレンジを行っている。アクション場面を描いた川口澄子のコミックが挿入されているのだ。セリフはなく動きだけ。それがまるで夢の中のようで、文章との行ったり来たりが「夢うつつ」という世界観にふさわしい。しかも、この小説の現実世界は、私たちの現実とは少し違っている。小説にパスカなるものが出てくるのだが、それは私たちの世界のスマホのようなものらしい。インターネットのフィルタリングが進んでいるという設定は近未来のようだ。実は「スピンモンスター」(『シーソーモンスター』所収)と設定を共有している。つまり、この小説の現実は別の小説とつながっているのだ。
物語の中で書かれているさまざまな断片が磁石のようにくっついてクライマックスを迎えるのは伊坂幸太郎が得意とするところ。しかし今回は、その展開もまた無意識でつながっているのではと深く納得した。最後まで残る謎があるとすれば、それはこの見事な物語をつくった作者が現実にいるということである。
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『クジラアタマの王様』を読んでいて読み返したくなったのがこの小説。絶滅したリョコウバトと鳥類学者オーデュボンの挿話が忘れられない。元SEがカカシがしゃべる謎の島で目覚めるミステリ。こんな変わった作品でデビューするとはさすが伊坂幸太郎だ。
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