【カドブンレビュー】
京都府下の運送会社で働く倉内岳は、仕事のかたわら剣道クラブで鍛錬を重ねる日々を送るが、一度として大会に出たことはなかった。岳の父・浅寄准吾は15年前の夏、息子である岳を人質としてアパートに立てこもった挙句に警察官を誤って射殺、その直後に自殺した。以来、岳は「殺人犯の息子」として、他人の視線から隠れ、息をひそめて生きている。自分にはそういう生き方しか許されていないと、すべてを諦めて。
しかし岳に剣道を教え、彼を世間から守り続けた恩人が病に倒れたとき、岳はその庇護を離れて自分の足で人生を歩む時期が来たことを悟る。
「岳の剣道がどこまでのものか見してくれへんか」
恩人の願いをうけて、一度だけ出場する全日本選手権京都府予選。決勝の相手は京都府警の通称「特練生」と呼ばれる剣道のエリート。15年前の事件で浅寄の凶弾に斃れた警察官の息子、辰野和馬だった。和馬は事件以来、なぜ父は死んだのかという疑問、そして加害者である浅寄の家族への憎悪をつのらせていた。
第一章「竹の檻」では岳の視点、第二章「父の眼」では和馬の視点で、それぞれの少年時代から剣道との出会い、立てこもり事件から現在までが描かれているが、圧巻は第三章「陰の絆」だ。
同じ日、同じ事件、違う立場で父を喪い、同じ剣の道に縋った岳と和馬が、決勝戦で激突。父が死んだ日から一歩も前に進めず、自分の人生を生きることすらできないふたりの感情が、竹刀での壮絶な打ち合いとなって発露する。
加害者の家族に、罪はあるのか。被害者の家族は、笑うことすら許されないのか。お前にこの苦しみがわかるか――。
終始恬淡とした筆致だが、加害者と被害者としての「父の死」を背負った青年たちの心の陰影や、自分の親や子は凄惨な事件とは無縁であると根拠なく信じている人びとがもつ、無自覚の傲慢さを鋭く描いている。
エピローグの最後の一ページ、最後の一行までじっくりと読んでほしい。ここまで読んで初めて、この物語を一筋に貫く命題が見える。それは優しすぎて誠実すぎて、それだけに理不尽で、気づけばきっと泣いてしまう。読後にさわやかな余韻を残す、社会派の青春小説である。
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