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松方コレクションをつくり、守り、取り戻した彼らの長く熱い物語 『美しき愚かものたちのタブロー』

 最近、ビジネスパーソンの間で美術の教養書が売れているという。その中の一冊にこうあった。「美術史は欧米人にとって必須の教養であり、欧米社会における重要な共通認識、コミュニケーション・ツールです」(木村きむら泰司たいじ著『世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」』ダイヤモンド社)。日本では美術は受験と無関係の科目だと思われがちだが、欧米では哲学と深く関わる重要な学問である。富裕層が美術作品をコレクションし、美術館へ寄贈するのもその認識があるから。現世的な成功は消えても、美術の庇護ひご者として名前が残る。それが栄誉だからである。
『美しき愚かものたちのタブロー』の主人公は松方まつかた幸次郎こうじろう。首相を務めた松方正義まさよしの息子であり、川崎かわさき造船所などを経営した経営者、戦時中は政治家としても活躍した。しかしそれ以上に、アート・コレクターとしてその名をいまに残している。収集した作品はなんと約一万点。戦火で失われたり、散逸したものも多いが、そのコレクションは美術史家たちの興味をそそり、近年、その全貌が明らかになりつつある。ちょうどいまも国立西洋美術館で「松方コレクション展」が開かれている(九月二十三日まで)。そもそも国立西洋美術館ができたのも松方コレクションがあればこそだった。では、松方はなぜ美術作品を集めたのだろうか。その謎が物語の推進力となる。
 物語は田代たしろ雄一ゆういちという美術史家の視点で描かれる。一九五三年、田代はパリにいた。フランス政府に没収された松方コレクションの一部を日本に取り戻すべく交渉にやってきたのである。田代は交渉に臨むにあたり、松方との思い出を振り返る。一九二一年、若き日の田代は美術史研究に一生を捧げようとヨーロッパに留学した。松方とはロンドンで出会い、パリではアドバイザーの一人としてともに画廊を回った。世界的な造船ブームに乗って松方の羽振りはよかったが、「美術はわからん」が口癖で、アドバイザーたちのすすめるままに作品を購入していた。田代は松方の真意を測りかねるが、その豪放磊落らいらくな性格に魅せられていく。
 物語は松方がどのように美術品を集めていったかと、田代がそのコレクションをどうやって戦後の日本に持ち帰るかを描いていく。さらに、第二次世界大戦の荒波の中で、松方コレクションを守るために一人の日本人が人生を賭けたことが明らかになる。
 印象深いのは松方が印象派の巨匠、クロード・モネのアトリエを訪ねるエピソードである。「美術はわからん」と言っていた松方は、モネにある印象的な一言を残す。その言葉に松方のまっすぐな心根と、それを引き出した美術の力を感じないわけにはいかない。
 原田マハはこれまでも美術をモティーフにした作品を書いてきた。その多くは美術に魅せられた人が主人公だった。だが、松方は彼らとは少し肌合いが違う。その本領はビジネスであり、政治だった。だが、それゆえ充実したコレクションを未来に残すことができたのである。美術にはさまざまな関わり方があっていい。「自分には絵はわからない」。そう思っている人にこそ読んでほしい物語だ。

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>>原田マハ『アノニム』特設サイト


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