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レビュー

ドゥ・ゴールの正当なる伝記として。 『ドゥ・ゴール』

 はじめに告白しておこう。ぼくは佐藤さとう賢一けんいちさんの良き読者ではない。これまで読んだことがあるのは、数十冊はある氏の著作のうち『双頭の鷲』と『王妃の離婚』の二冊だけである。ちなみに双方ともに一九九九年というちょうど二〇年前の刊行であり、フランス革命をめぐる通史など最近の著作にはご無沙汰している。
 その一方で、ぼくは、この二冊の熱烈な愛読者である。双方ともに、百回以上は手にしているのではなかろうか。前者の主人公である百年戦争初期の英雄・軍人ベルトラン・デュ・ゲクランの体力と、後者の主人公である元カルチェ・ラタンの暴れん坊・弁護士フランソワ・ベトゥーラスの知力、ともに爽快にして、かつまた二人の過去は陰影に富み、上品な下ネタ系の諧謔的な味付けもあって、歴史小説の醍醐味を十二分に味わうことができる。そのうえ、時代考証は綿密であり、歴史書と呼んでも過言ではない部分も含まれている。よく考えぬかれた書であり、けだし愛読書となるのも当然である。
 そんな佐藤さんが、シャルル・ドゥ・ゴールの伝記に挑んだ。二〇世紀フランス最大の巨人と呼んでも過言ではないだろうこの軍人政治家に対していかにアプローチするのか、あるいはまた、彼が生きた時代のフランスをいかに料理するのか、現代フランス史を研究するもののはしくれとしては、興味を持たざるをえない。
 本を開くと、ドゥ・ゴールの生誕から死去までの日々、すなわち第二次世界大戦中は在外レジスタンスの指導者として苦労と苦悩の日々(なにせチャーチルは付かず離れずだし、ローズヴェルトに至ってはドゥ・ゴールが大嫌いでさっぱり協力してくれないのだ!)を送り、戦後の栄光と挫折(政界引退)を経て、アルジェリア危機(一九五八年)に際してフランスの期待を一身に集めて復権するや問題を鮮やかに解決し、その後一〇年以上にわたってフランスの高度成長を牽引するも、国民投票(一九六九年)に敗れて潔く大統領職を辞し、そして翌年に死去するという激動の人生が、端正な文体で綴られている。
 ここには下ネタも諧謔も佐藤さんの想像も、歴史小説を想起させるものは、ほとんどない。その意味で、本書はドゥ・ゴールの正当なる伝記であり、歴史書である。
 ドゥ・ゴールは、二メートル近い堂々たる身を「勝負服」たる軍服に包み、相手がだれであろうと自説をほとんど曲げない「反逆児」であった。そして、一種の救世主として二度も危機の時代のフランスを導き、今日のフランスの礎を築いた人物である。
 そんな人物を描くにあたり、下ネタや諧謔や、ましてや歴史小説家の想像は、不要である。事実をして語らしめれば、それでよい。それだけで、書を繰る読者には、ドゥ・ゴールのドラマティックな人生のありようが、そして、その背景をなすフランス社会の変容が、十分に伝わるだろう。
 佐藤さんが歴史小説的な要素を封印し、また、かくなる文体を採用したことの理由は、佐藤さんならぬぼくにはわからない。しかし、本書は、これでよい。これでよいのであり、これで十分なのである。
 歴史書と歴史小説の関係については、一九世紀のドイツ諸邦で歴史学が科学となり、歴史書が歴史学界のアウトプットとなって以来、幾多の議論がなされてきた。両者の違いを強調する科学主義的な歴史学観、両者はしょせん同じものだと主張するポスト・モダニズム、あるいは、いかなる理由にもとづいてか歴史書に対する歴史小説の優位を強調する人びとなど、さまざまなスタンスが登場し、相対立し、消えていった。
 しかし、佐藤さんは両者の違いを軽々ととびこえる。今回は、伝記すなわち歴史書という形態で、ドゥ・ゴールの生涯を描き、描ききった。それは、巨人ドゥ・ゴールに対する佐藤さんの敬意の表れなのかもしれない。


書誌情報はこちら≫佐藤賢一『ドゥ・ゴール』


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