【カドブンレビュー】
新人駅員の奮闘を描いた『駅物語』や、4月にドラマ化される『わたし、定時で帰ります。』など、朱野帰子さんは爽やかなお仕事小説が人気の作家さんだ。主人公がつらい現実の中でもがき、乗り越えていく姿はまぶしく感動的。
この本は、そんな朱野さんが書いた日常の中のホラー短編集。片思い、結婚、出産など、人生の転機に女性たちの中で否応なく生まれる葛藤や変容が心霊現象となって現れて来るのだが、これがまた面白い! 怖いというより面白い!!
例えば巻頭作品の「鏡の男」。
主人公の“私”は25歳の女性。母は妹ばかりをかわいがり、長女の“私”を妹の世話係としか見ていない。父は家族をないがしろにする自己チュー。そうとしか思えないのだが、周りは“私”の方が被害妄想に陥った“普通ではない”人間だと責め立てる。そんな実家や親せきに嫌気が差し、賃貸マンションの一室に脱出した“私”。味方になってくれる彼氏もできて、人生は好転し始めたかに見えた。しかし彼氏にしばしば夢遊病のような症状が出て、一旦そうなると“私”を容赦なく攻撃するようになる。
彼氏との将来に幸せはあるのか? “私”はやっぱり“普通ではない”のか? そんな悩みを具現化するかのように、“私”の部屋にある怪奇現象が起こるようになる。
朱野さんの描くお仕事小説同様、登場人物一人一人のキャラクターがくっきりと浮かび上がって来る。
しかしこの作品は、読者が物語に充分に入り込んだところで、ぷつんとエンディングを迎える。意味ありげな伏線の正体、怪奇現象の原因、そして“私”の未来……様々な謎の答えが明確には提示されない。
まるでジェットコースターでカタカタと頂上まで登って急降下する寸前で強制終了させられたかのような読後感。読者は否が応でも自分なりの結末を想像せずにはいられない。その結末は無数にあり、考えることで作品のテーマが深掘りされていく。物語としての強い推進力と、読者に委ねられた余白のマッチングがたまらない!
書誌情報はこちら>>朱野帰子『くらやみガールズトーク』