美猫のサバが暮らす「鯖猫長屋」の面々が、さまざまな騒動にかかわる、「鯖猫長屋ふしぎ草紙」シリーズがヒット中の田牧大和が、あらたな文庫書下ろし時代小説を上梓した。それが『縁切寺お助け帖』だ。舞台は縁切寺として知られる、鎌倉の東慶寺。隆慶一郎の『駆込寺蔭始末』、宮本昌孝の『影十手活殺帖』、井上ひさしの『東慶寺花だより』など、東慶寺を舞台にした時代エンターテインメントは、すでに幾つかある。しかし、それらを既読の人でも、本書を楽しむことができるだろう。田牧作品ならではの、優しさと面白さが、ぎっしりと詰まっているからだ。
徳川十一代将軍家斉の治世。幕府公認の縁切寺である東慶寺は、長年の間に荒廃していた。それを立て直したのが、院代となった水戸家の姫――法秀尼である。今では、何らかの理由で離縁を望む女性たちを助ける、最後の砦として機能している。とはいえ、いたずらに離縁させようとしているわけではない。夫婦双方の言い分を聞き、離縁させるべきかどうかを、しっかりと見極めるのだ。また、事情のありそうなケースは、独自の調査を進める。
そんな東慶寺のメンバーが、なんとも多彩だ。人の心に敏感な桂泉尼と、理詰めの思考を得意とする秋山尼。寺飛脚の梅次郎。古株役人の喜平次。関係者を泊める御用宿『柏屋』の好兵衛とおりき夫婦。そして法秀尼の警護をしながら、調査もする謎多き女剣客の茜。この茜が、本書の主人公である。
収録されているのは、長めの短篇三作。「駆込ノ一」では、人気歌舞伎役者・澤井宇三郎の女房のお綱が、東慶寺にやってくる。妾を囲い、女遊びを続ける宇三郎との生活を、そんなものだと耐えてきたお綱。しかし自分の息子ではなく、妾の息子を役者にしようとしていることを知り、ついに切れたのである。事の真偽を見極めるため、宇三郎を始めとする関係者を呼び出した東慶寺。しかし舐められたのか、代人しかこない。これを憂慮した法秀尼は、茜と秋山尼を江戸に派遣する。
江戸時代は男性の方の権力が強い。夫婦の関係もそうである。どんな理由があっても、女性の方から離縁することはできない。唯一の方法は、縁切寺を頼ることだ。だからこそ幕府公認の縁切寺の東慶寺(と、上野国の満徳寺)は、多くの女性を助ける聖域となっていたのである。しかし男権社会に慣れ切った男性には、それが分からない。宇三郎たちは、自分勝手な理屈を振りかざす。これを鮮やかに論破する、秋山尼の舌鋒が愉快痛快だ。三人の女性がダメ男たちを徹底的に批判する、尾崎衣良の少女漫画『深夜のダメ恋図鑑』と同じように、女性ならば胸がスカッとするだろう。
その後、場面が東慶寺に移ると、宇三郎が意外な女心を突きつけられ、さらにダメージを受ける。作者、ダメ男に容赦なし。男である私は、面白く読みながらも、冷や汗をかいてしまった。
続く「駆込ノ二」は、不審な状況で駆け込んできた女の一件が、江戸の大店を巡る騒動へと繋がっていく。悪党たちを退治し、心優しき人々を幸せにするストーリーが気持ちいい。ラストの「駆込ノ三」は、夫から暴力を受けたふたりの女が、相次いで駆け込んでくる(DV男に関する梅次郎の考察が鋭い)。そして関係者が殺され、事態は予想外の方向に転がっていくのだ。茜の正体も含めて、大いに驚いた。デビュー作『花合せ 濱次お役者双六』から、ミステリー色の強い物語を好んできた作者だが、その力量が遺憾なく発揮されている。
さらに各話で、女性同士の繋がりが描かれている点に注目したい。夫婦の絆は強い。しかし人は、それだけで生きているのではないのだ。夫婦の関係をメインとしながら、多角的に人間の在り方を問うているのである。
最後に作者にお願い。一冊で綺麗にまとまっているが、これで終わってはもったいない。シリーズ化が可能なので、いくらでも続けてほしいのだ。魅力的な東慶寺の面々と、これからも付き合っていきたいのである。
>>田牧 大和『縁切寺お助け帖』
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