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レビュー

「途上の死」を迎えた直木賞作家が歩く歴史と文学の旅 『曙光を旅する』

 昨年(編注・2017年)末、惜しまれながら世を去った歴史・時代小説家、葉室はむろりんが晩年に取り組んだ紀行エッセイを中心に編んだ一冊。この作家が何を書き、次代へ遺そうとしていたかが痛いほど伝わってくる。
 葉室麟の訃報に接し、早すぎると感じた読者は多かったのではないか。六十六歳という年齢も高齢化社会の現代では若いがそれだけではない。五十歳を過ぎてから創作活動を始め、歴史文学賞を受賞したデビュー作が刊行されたときは五十四歳だった。つまり作家としての実働は十二年と短い。にもかかわらず、現在刊行されている単行本は小説六十一冊、エッセイがこの作品で六作目と旺盛な創作意欲を見せ、亡くなる前年にも『鬼神の如く 黒田くろだ叛臣はんしん伝』で司馬しば遼太郎りょうたろう賞を受賞。現役バリバリの作家の「途上の死」だったのだ。
 葉室は本書のなかで自作と関わる場所、いずれ書きたいという構想がある場所を訪ねている。さらには青春時代に愛読した作家たちの謦咳けいがいに接する、あるいはその作品の舞台を訪ねるなど、自身に大きな影響を与えた文学体験をも振り返っている。したがって、結果的にだが、一人の作家が晩年に自身の作品の成り立ちを見つめ直した紀行エッセイになっている。葉室作品を理解する上での重要な補助線、より深く楽しむためのヒントとして読めるはずだ。
また、本書は葉室麟の作品に触れたことがない人にとっても興味深く読めると思う。歴史小説、時代小説を精力的に書いてきた作家が、その知見と想像力を持って土地を歩く。それだけでワクワクするではないか。本文で葉室自身も触れているが、歴史小説家の紀行エッセイという点で司馬遼太郎の「街道をゆく」を思い浮かべていただければわかりやすい。
 司馬遼太郎の小説、エッセイからうかがえる歴史観は「司馬史観」と呼ばれ、さまざまなかたちで論じられている。では葉室麟の「葉室史観」はどんなものだろうか。葉室は福岡県北九州市小倉の出身。作家としても福岡を拠点に活動した。本書でも生まれ故郷の小倉から出発し、九州、沖縄、下関、京都と西国を歩いている。下関では古川ふるかわかおる、水俣では石牟礼いしむれ道子みちこを訪ねるなど、地方に根を下ろし作家活動を続けてきた先輩たちと対面している。福岡在住の作家、東山ひがしやま彰良あきらとの対談では「僕は歴史を地方の視点、敗者の視点から捉えたいと考えているんです」と述べている。
 地方の視点、敗者の視点とはどのようなものなのか。そのことがはっきりとわかるのが、若き日に筑豊の労働者たちを描いた記録文学の作家、上野うえの英信えいしんを訪れたエピソードである。直木賞を受賞した代表作『ひぐらしノ記』の冒頭で、檀野だんの庄三郎しょうさぶろうが山村の戸田とだ秋谷しゅうこくの元へ向かう場面は、上野を訪ねた経験と重なると後から気づいたという。高度経済成長の陰で忘れ去られようとしていた人々に寄り添った上野との対面は、葉室の歴史観に大きな影響を与えたに違いない。
 エッセイ、対談、インタビュー、さらには『曙光しょこうを旅する』の構想メモが収録されるなど編集も行き届いている。本書に関わった人々が、葉室麟という作家に持っていた敬愛の念が感じられる一冊だ。

あわせて読みたい

葉室 麟『蜩ノ記』(祥伝社文庫)
前主君の側室との不義を疑われ、10年後に切腹を命じられた秋谷。残り3年となったとき、若い侍、庄三郎が監視役としてやってくる。秋谷は本当に不義を犯したのか。死を予期しながら、淡々と主家の家譜を編纂へんきんする秋谷の姿に、作者の歴史への思いが感じられる。


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