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泉ゆたかの飛躍は、この作品で約束された! 『髪結百花』

 泉ゆたかの創作の軌跡を、陸上の三段跳びになぞらえるなら、第十一回小説現代長編新人賞を受賞したデビュー作『お師匠さま、整いました!』がホップ、第二長編の本書がステップということになろう。だが、この物語で作者が披露したのは、ジャンプである。ステップなどという過程をすっ飛ばし、大きく飛躍したのだ。それほどの作品なのだ。
 主人公のうめは、出戻りである。大店おおだなの息子で、骨董こっとう商の龍之助りゅうのすけに見初められて夫婦になった。だが、龍之助が吉原の遊女に惚れてしまい、離縁される。龍之助は遊女と一緒になった。実家の長屋に戻った梅は、髪結いをしている母親のアサを手伝っている。
 ある日、母親と共に吉原に行った梅は、《大文字屋だいもんじや》に売られた、タネという娘の髪を結う。これが梅の初仕事となった。その後、アサが中風で倒れると、母親の仕事を引き継ぎ、《大文字屋》に出入りするようになる。わかなと名前を変え、禿かむろとなったタネとは仲がいいが、母親の仕事と比較され、他の遊女たちとはなかなか打ち解けられない。わかなが仕える、《大文字屋》で最も格の高い花魁おいらんかわにも、隔意を抱いていた。
 しかし遊女の紫乃しののきつい言葉を切っかけに、梅は変わっていく。吉原の夏祭り〝にわか〟で使う、付け毛の作成を頼まれたことから、紀ノ川の素顔に触れることもできた。ままならぬ体になった母親や、たまたま再会した龍之助との関係に心を騒がせながら、仕事の面白さを知っていく。だが俄の席で紀ノ川が倒れ、梅は大きな決断を下すことになるのだった。
 作者のデビュー作『お師匠さま、整いました!』は、歳の離れた夫が死んだことで寺子屋を引き継いだヒロインを主人公にした、気持ちのいい作品であった。さまざまな要素が盛り込まれていたが、お仕事小説といっていいだろう。この作品の受賞スピーチで作者は、「働く人を描きたい」といっていた。その姿勢は、本書で明確に示されたと断言しておく。母親の後を継いだ新米髪結いの梅の成長が、鮮やかに表現されているのである。
 とはいえ、初めて仕事として髪結いをしたときの有様は、けっして褒められたものではなかった。第一章の梅は、遊郭の様子に戸惑い、母親からタネの髪結いを命じられて驚く。髪を結ってもらって喜ぶタネに、かえって暗い気持ちになる。まだまだプロとはいえない状態だ。
 ここで感心したのが、アサの描き方である。彼女は吉原の遊女の他にも、御殿の奥女中や、神事にかかわる巫女みこたちの髪結いもしている。そんなアサが、梅の初仕事を遊郭にした理由はなにか。はっきりとは書かれていない。しかしページを捲っているうちに、梅が離縁された原因に吉原の遊女が関係していることが分ると、なんとなく納得できた。母親の娘に対する、たしかな思いが込められていたのだ。大切なことを直接書くことなく、行間で読ませる。これほどのテクニックを第二長編で見せてくれるとは、ビックリ仰天だ。まさに長足の進歩である。
 さらにストーリーが進むと、仕事に手応えを覚えるようになった梅の成長の他に、遊女という仕事の哀しみが浮かび上がってくる。詳細は控えるが、後半の展開は厳しい。ずっしりと重いものを、物語から手渡されるのである。
 また、ダメ男ぶりを見せていた龍之助だが、後半、梅の頼みに頷くシーンで別の顔を見せる。ここで救われたのは梅だけではない。龍之助自身も救われているのである。このような人物の描き方は、作者の美質といっていい。主人公と、その周囲の人々を通じて、人間の在り方が活写されているのだ。
 ちらりと登場した実在の浮世絵師・酒井さかい抱一ほういつが、主人公と有機的に絡まないなど、ちょっとした不満はある。『お師匠さま、整いました!』で、大岡おおおか越前えちぜんを巧みに使った作者なら、やりようがあっただろう。でも、それをいうのは贅沢だ。第二長編で、ここまで優れた作品を上梓した作者を、ただただ絶賛したいのである。

>>泉ゆたか『髪結百花』


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