テレビドラマ化されるや高視聴率をたたき出し、大きな話題となった「下町ロケット」シリーズの最新作である。前作の『ゴースト』とこの『ヤタガラス』は、ちょうどいま放映中の第二シーズンの原作にあたる。
単行本としては今作で四作目。主人公の佃航平はロケットエンジンの研究者だったが、父の死により家業の小型エンジンメーカー、佃製作所を継ぎ中小企業の社長になった。佃が町工場の技術力と誇りをかけて帝国重工が推進するロケット打ち上げに参画するまでを描いたのが第一作。続く『ガウディ計画』では小児用の人工心臓弁の開発に挑んだ。そして『ゴースト』ではさらに新たな領域への進出をめざす。農業用トラクターのトランスミッションの開発に挑戦するのである。だが、技術力やものづくりとは無関係の障害が彼らを待ち受けていた。その障害をどう乗り越えるのか、続編の『ヤタガラス』を待ち望んでいた読者も多かったはずだ。その期待に十分に応える作品になっている。
大型ロケットの打ち上げから離れた帝国重工の財前は、準天頂衛星ヤタガラスの打ち上げによって飛躍的に性能が向上したGPSを使い、農機具の無人化を実現すべく動いていた。その手始めとして無人トラクターの企画を立て、佃製作所にエンジンとトランスミッションの製造を依頼する。ところが、帝国重工内で次期社長と目される的場がこの事業に触手を伸ばす。財前の手柄を横取りしたうえ、エンジンとトランスミッションの内製化を強引に決定してしまう。しかし帝国重工に先んじて無人トラクターを発表したのは、下町の町工場が多数参加するダーウィン・プロジェクトだった。判官贔屓の世間は帝国重工に挑むダーウィン・プロジェクトに喝采を送るのだ……。
池井戸作品はリアリティのある人物造形と、彼らが織りなすメリハリの利いた人間ドラマが大きな魅力になっている。とくに佃製作所の夢の実現を阻む敵役が物語を盛り上げてきた。今回は出世のためなら手段を選ばない帝国重工の的場のほか、ダーウィン・プロジェクトの面々、そして、佃製作所を辞めて実家の農業を継ぐことになった殿村に何かとからんでくる農業法人の稲本や農林協の吉井がそれにあたる。もっとも、頼りになる味方も現れる。航平と学生時代に机を並べ、今は農業用車両のロボット化を研究している野木である。佃製作所の人々と財前、そして野木がともに抱えた志――日本の農業を変える――が本当に実現するのか。それこそがこの物語最大の読みどころといえる。
また、下町の町工場vs大企業という構図にマスコミや世間がまんまと乗せられ、佃製作所が帝国重工という大企業側についたように見えてしまうという皮肉な展開も印象的だ。「下町ロケット」というタイトルを持つこの小説が、そもそも下町の町工場の技術力に光を当てたものだからだ。
池井戸作品はしばしば社会現象と呼んでいいほどの注目を浴びてきた。だが作者はその渦中にいながらも、社会に対する冷静な目を失わない。そのクールなまなざしが物語にリアリティを与えている。
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『シャイロックの子供たち』
池井戸 潤
(文春文庫)
作者自身が転機になったとしている群像劇。東京下町にある東京第一銀行の支店を舞台に、銀行員たちが代わる代わる主人公を務める。簡潔な文章で「普通の人々」の光と影が活写され、仕事とは? 幸福とは? という普遍的なテーマが浮かび上がってくる。
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