【カドブンレビュー】
「おさまりようさんです」。
一風変わった挨拶がなされる宗教都市・深石市。そこは、新興宗教を母体とした民間企業に支配された土地だった。
この町の雰囲気は、市民が同じ宗教を信じ、家族のような一体感を形成している独特なものである。そんな町のマンションの一室で、警察官がバラバラにされるという凄惨な殺人事件が発生する。
刑事部捜査第一課の特別捜査係の佐築勝道巡査部長は、後輩のサンジと事件の現場に向かい、その現場の残酷さに息を呑みながらも、どこか犯人の冷静さを感じとり、捜査にとりかかる。特別捜査係に下ろされないような情報も、佐築は荒っぽい手法を使いつつ、事件の手がかりになるピースを着々と集めていく。
そんな中、捜査の裏をかくように、新たな殺人事件が発生。佐築は、被害者の共通点を抽出し、集めた情報と掛け合わせて犯人や犯行の動機を浮き彫りにしていく。
そして、この町の特殊な文化や連続殺人の動機が明らかになり、驚愕の真相に行き着くのであった――。
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舞台である深石市では、ある宗教にまつわる特有の挨拶やルールがあり、また強大な一民間企業が、市民の生活、行政や治安に強大な影響力を持っている。その世界観は、日本を描いているとは思えないような不気味さで、異国の土地に足を踏み入れているかのような、何とも言えない緊張感を味わいながら読み進めていった。
そんな佐築の所属する刑事部は、事件の調査において情報のやり取りが不透明で、半ば恫喝をしないと情報を得られないという堅苦しい組織。特有の縦割り体質が、ときにじれったく、ときに人間臭く描かれ、妙なリアリティと、そこはかとなく漂う微妙な「違和感」をともなって、物語は進んでいく。
だが、読み終わってみるとこの「違和感」が実は一番のキーポイント。組織の不透明さや情報浸透の曖昧さの中に見え隠れする「どこかギクシャクした感じ」「不自然とまでは言えない不自然さ」が、この物語のトリックの根幹になっているのだ。宗教都市ならではのつながりの強さと、情報が行き渡る速さ、警察組織ならではの情報の縦割りという対比が、1つのドンデン返しに向かって描かれていたということが、ラスト近くの、ある1行で明らされるとき「やられた!」と誰もが驚くことだろう。
佐築の描かれ方にも「不自然な」曖昧さを感じていた。しかし、後輩のサンジが問題に巻き込まれないように気を遣う優しさ、街で少女が不良に絡まれているところを救う正義感、回想シーンで恋人は自分が守らなければならないから警察を目指すという使命感などといった、佐築の人間性を描くシーンの中に、その「不自然さ」の正体を示すヒントが、細やかにちりばめられていたことに、あとで気づかされる。
真面目で実直な佐築を心の中で応援しながらも、ときには事件解決に向けて情報を集めるために暴力を振るうなど、いきすぎた行動を突き動かす熱量の根源がなかなか読み取れない。「佐築は何のために働いているのか?」というシンプルな問いが、最後まで明確に分からない構成になっている。だがこれも作者の巧妙な仕掛け。してやられたポイントの1つだったのだ。さらには、宗教都市が持つ閉鎖的で奇妙な世界観と猟奇的な事件の絡み合う背景設定も、日常を描きつつも私が所与の概念として抱いていた設定を覆す絶妙な伏線であった。
結末にかけて驚くような展開が待っているのだが、真相が分かってからはなおさら佐築の愚直なキャラクターに好感が持て、けっして裏切られることはない。むしろ読後は、佐築には幸せになってほしいとしみじみと願う自分がいた。
結末はどうか読んで確認してほしい。きっと驚く結末が待ち受けている。サスペンス好きにはぜひとも読んでほしい一作である。
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