KADOKAWA Group
menu
menu

レビュー

“自由”の代償として、男は暗黒街の大物とある契約を結んだ――。 『ニック・メイソンの脱出への道』

 いつになったら、生き地獄から抜け出せるのか。
ニック・メイソンの第二の人生』につづくスティーヴ・ハミルトンの新シリーズ第二作『ニック・メイソンの脱出への道』のテーマをひとことでまとめると、そんな言い方になるだろう。
 前作では、やむなく犯した罪で二十五年の刑期をくだされたニック・メイソンが、同じ刑務所に収容されていたシカゴのギャングの大物、ダライアス・コールとある契約を結ぶ。その契約とは、五年で出所する代償として、どんな命令であろうとコールに従い、その手足となって働くことだった。メイソンは初仕事の内容に慄然(りつぜん)としつつ、無我夢中でどうにか実行するが、さらに犯罪を重ねるにつれてその精度を高めていく。そもそも、そんな契約を交わしたのは、別れた妻と娘に再会したい一心からだったが、すでに再婚していた妻からは娘と会うことすら禁じられる。その一方で新たな恋人ローレンには自分の正体を打ち明けられず、メイソンの苦悩はいっそう深まる。自分はいったい何者で、なんのために生きているのか、と。
 この『~脱出への道』では、再審の公判を控えたコールが無罪を勝ちとるため、連邦政府による証人保護プログラム(WITSEC)の壁を崩す難題を実行するよう、メイソンに命じる。メイソンは忠実に任務を果たしながらも、コールの支配から脱出する計画をひそかに練る。はたしてメイソンの計画は成功するのか。そして、最愛の娘エイドリアーナをもう一度力いっぱい抱きしめることはできるのか。
 前作では、新シリーズの一作目ということもあって、過去と現在がゆっくりと交錯しつつ(ハミルトンの代表作『解錠師』もそうだった)、物語の設定が徐々に明かされていったが、今回は冒頭から、シカゴの摩天楼でひときわ目立つアクア・タワーを舞台に激しいアクションが繰りひろげられ、テンポよくストレートに話が展開していく。コールの指示のもと、メイソンはアトランタの山中やニューヨークの地下シェルターへまで出向き、まさに命を懸けた攻防戦に身を投じる。とりわけ、かつてコールの殺人兵器として働いていたショーン・バークと対決する際の緊迫感あふれるやりとりはみごとで、ハミルトンならではの抑制の効いた筆致が冴え渡る。
 だが、アクションシーンだけがこの小説の読みどころではない。作者のもうひとつの大きな魅力である人物造形の巧みさが、今作でも存分に発揮されている。だれひとりとして、物語を進めるための単なる「駒」ではなく、特に、前作につづいてメイソンとコールを執拗(しつよう)に追う一匹狼の刑事フランク・サンドヴァルとのやりとりには、いわく言いがたい深みがある。連邦保安官ブルース・ハーパーや連邦検事補レイチェル・グリーンウッドの一筋縄ではいかない人柄もていねいに書きこまれ、今作だけの登場だとしたらもったいないほどだ。前作ではその正体が謎に包まれていたコールも、今回は心の動きが刻一刻と語られる場面があり、終盤の息詰まる駆け引きからクライマックスへ至る流れは、一瞬も目を離せない。
 もちろん、メイソンをめぐる女たちも無視できない。ローレンもダイアナも、メイソンと出会ったことで、ときに大変な犠牲を強いられる。そして、メイソンにとって心の()りどころである元妻のジーナとエイドリアーナとの場面は哀切きわまりなく、エイドリアーナの無邪気なことばの数々が胸を打つ。
 ハードボイルド作家としてすでにベテランの域にあるハミルトンが隅々まで細やかな配慮を行き届かせた作品を、ぜひじっくり堪能(たんのう)していただきたい。

 スティーヴ・ハミルトンの過去の作品としては、このニック・メイソン・シリーズのほかに、〈探偵になりたくなかった探偵〉アレックス・マクナイトを主人公とするシリーズ(十作目まで書き継がれていて、邦訳があるのは『氷の闇を越えて』『ウルフ・ムーンの夜』『狩りの風よ吹け』)や、幼少時に巻きこまれた事件で口がきけなくなったマイクルを主人公としたノン・シリーズ作『解錠師』などがある(ほかに未訳長編ひとつと短編が数篇)。『解錠師』は、アメリカ探偵作家クラブ(MWA)最優秀長篇賞、英国推理作家協会(CWA)スティール・ダガー賞に加え、ヤングアダルト(YA)を対象としたすぐれた作品に与えられる全米図書館協会アレックス賞も受賞し、日本でも多くの読者を獲得した。
 つねにしぶしぶ事件の解決に乗り出すアレックスも、恋人を守ろうとして犯罪に荷担してしまうマイクルも、「巻きこまれ型」の主人公であり、タフでありながらも根は心やさしく思慮深い。やむをえず犯罪に手を染めつつも、愛する者たちを懸命に守ろうとするニック・メイソンも、この延長線上にある主人公だった。
 ところが、今回の『~脱出への道』の最後で、メイソンは覚醒とも呼ぶべき驚くべき変貌(へんぼう)をとげる。ひょっとしたらハミルトンは、これまでとはまったくちがう新境地に足を踏み入れたのかもしれない。
 ニック・メイソンはほんとうに変わってしまったのか。
 ニック・メイソンはいったいどこへ向かうのか。
 ハミルトンは二〇一八年夏にマクナイト・シリーズの最新作(第十一作)Dead Man Runningを発表し、さらにそのあと、二〇一九年春にニック・メイソン・シリーズの第三作An Honorable Assassinを発表する予定になっている。どんな新たな趣向を凝らした作品になるのか、一日も早く知りたくてたまらない。


紹介した書籍

関連書籍

新着コンテンツ

もっとみる

NEWS

もっとみる

PICK UP

  • ブックコンシェルジュ
  • 「カドブン」note出張所

MAGAZINES

小説 野性時代

最新号
2025年3月号

2月25日 発売

ダ・ヴィンチ

最新号
2025年3月号

2月6日 発売

怪と幽

最新号
Vol.018

12月10日 発売

ランキング

書籍週間ランキング

1

気になってる人が男じゃなかった VOL.3

著者 新井すみこ

2

はじまりと おわりと はじまりと ―まだ見ぬままになった弟子へ―

著者 川西賢志郎

3

今日もネコ様の圧が強い

著者 うぐいす歌子

4

地雷グリコ

著者 青崎有吾

5

ただ君に幸あらんことを

著者 ニシダ

6

雨の日の心理学 こころのケアがはじまったら

著者 東畑開人

2025年2月17日 - 2025年2月23日 紀伊國屋書店調べ

もっとみる

レビューランキング

TOP