【カドブンレビュー】
不思議と守られている場所がある。長い間、自然災害の影響をほとんど受けていない場所だ。台風が発生しても被害は少なく、近くで地震が起きてもあまり揺れず、近隣で発生した山火事は手前で鎮火し、日照りが起きても飢饉に見舞われることはなかった。まるで誰かに守られているみたいに。その場所の名は沙之里。地方の片田舎で、この作品の舞台である。6話から成るこの作品は、主人公・千蔭の小学6年生から高校2年生までが描かれている。
千蔭は小学5年生の時に、訳あって元女優の母親と東京から沙之里へ引っ越してきた。引っ込み思案で、小学6年生になる今でも沙之里に馴染めずにいる。ある日、千蔭は下校途中に不思議な場所へと辿りつく。そこにはサノキという大きな木が一本と千蔭と同じ年頃の少女チヨがいた。なんでもチヨは、この世とあの世を繋ぐ木であるサノキを守っているという。そしてチヨから、成仏できない幽霊をあの世へ送る手伝いをして欲しいと頼まれる。1年に1度サノキの花が咲く時期だけ、千蔭は成仏できない幽霊をサノキの元へ連れて行く役目を担うことに。
幽霊を連れて行くと聞くとゾクリとする。だが、読んでいるとどこかあたたかみを感じてしまう。千蔭が幽霊たちに寄り添い、生前の話や心残りの理由を聞いている様子は、生きている者同士のようなのだ。会話も、恨み辛みという怖いものではなく悩み相談のようで「そんなことがあったんですね」と相槌をうちたくなるものばかり。もちろん辛く悲しいものもあるのだが。
例えば、幼稚園の友達に嫌われたのではと悲しむ男の子、娘を不幸にしてしまったと嘆く老人、若いころ好きだった男性を忘れられないという老女など、世間で耳にするような悩みと変わらない。心残りが分からないときは、幽霊たちの家族や知り合いに話を聞き答えを導き出す千蔭。その人たちとの交流もあたたかい。特に第2話の「父と娘」に出てくる40代の孝子とは、幽霊を送ったあとでも交流が続く。千蔭が孝子に悩みを相談したり、一緒にお茶をしたりと親子のようで和んでしまう。母親に何でも決められてしまう千蔭にとって、とても居心地のいい場所になっている。
読み進めていくと、引っ込み思案な千蔭にしては、思い切った行動をしているなと感じてしまう。そんな千蔭の行動力の源は、チヨに必要とされているということだ。自分の存在している意味がおぼろげな千蔭にとって、それは心を満たしてくれるものだったのだろう。そして学校生活では、一緒に部活に打ち込む友達、植物に詳しい同級生など心許せる大切な仲間ができていく。時が流れ、いつしか沙之里を好きになっていた千蔭。
だが、千蔭が高校2年生になったある日、沙之里に大きな危機が訪れる。それはチヨから知らされ、千蔭だけしか知らないこと。これから起こることだ。千蔭は、大切な人のため、大好きな沙之里のために大きな決断を迫られる――。
作中、サノキを通して幽霊たちが穏やかにあの世へいくように、この作品も登場人物たちの様々な感情が柔らかく読み手に伝わってくる。そして終盤、切なさの中、タイトルの「さよなら、と噓をつく」の意味を理解することとなる。
綺麗な装丁も含め、ちょっと不思議なこの世界を覗いてみてほしい。そして千蔭を待ち受ける運命、沙之里がどうなるのか見守ってもらいたい。