【カドブンレビュー】
怖い。
本当に怖かった。
前作『奇奇奇譚編集部 ホラー作家はおばけが怖い』はホラーというよりも、幽霊が登場するミステリーに近い印象だった。しかも、幽霊が見える小説家の「熊野」と鬼の様に厳しい編集者の「善知鳥」のやりとりがコミカルで、笑いながら楽しめる作品だった。(前作のレビュー:https://kadobun.jp/reviews/155/1e3db822)
だからこそ、完全に油断していた。本作で描かれる恐怖に肝を潰した。もちろん、前作からの魅力も健在だ。熊野と善知鳥のやりとりにはやはり和むし、脇を固めるキャラクターも個性が溢れていて、実際に会ってみたくなる。ただそれ以上に、「ホラー小説」と呼ぶに相応しい、恐怖を味わう事の出来る物語に進化している。
「不在の家」のエピソードがとにかく怖い。そして、別格に面白かった。
ホラー小説雑誌「奇奇奇譚」の取材で、「渡会ヱマ」という女性がかつて一人で住んでいた家を訪れた、熊野と善知鳥、井筒の三人は、驚くべきものを目にする。それは家中に埋め尽くされた禍々しい芸術作品の数々。評判を聞きつけてこの家を訪れた芸術家達は皆、呪われたように死んでしまったらしい。「不在の家」と名付けられたその家には、一体何が憑いているのか。
幽霊がなぜ怖いか。それは自分の命がおびやかされるからだろう。得体の知れないものに殺されるかもしれない。その感覚を「不在の家」では、主人公達と共に味わう事が出来る。ストーリー展開だけでなく、紙の本に刻まれた文字によって呪いをかけられているかのような感覚に陥る。
地獄。じごく。じこくじごくじごく。わたしはここにいたくない。わたしは、ここに、ここに、ここにここにここに。繰り返す。繰り返される。音のない音。形のない文字。繰り返す。繰り返す。繰り返す。繰り返す繰り返すk理科エス。だめだ。だめだ。だめだ。
p.264より
恐怖が一種の防衛本能だとしたら、その感情は私達を「生」へ繋ぎ留めてくれる大切なものだ。むしろ、恐怖を感じない瞬間、つまり、生きる事への執着心がなくなった時こそ、「死」に隣接していると言える。「不在の家」のエピソードでは、人一倍怖がりだった熊野が恐怖を感じなくなる瞬間が描かれる。その場面に震えた。異常な状態を自分で認識出来ず、死に絡めとられてしまう場面を目撃してあなたはどう思うだろうか。是非、本作を手に取って怖がってほしい。