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レビュー

十字架を背負わされた男の物語 堂場瞬一の熟練の新境地 『砂の家』

 自分では選べない運命がある。
 たとえば、家族だ。
 親が罪を犯したとき、子どもは一片の責任もないにもかかわらず、〈犯罪者の子〉という重い十字架を背負うことになる。生活が激変し、人は離れていき、いじめや差別に遭い、将来が閉ざされ——そんな状況で、人はどう生きるのか。過去を断ち切って真っ当に生きる努力をするか、それとも自分も道を外れ、運命に復讐するか。
 堂場瞬一『砂の家』は、そんな十字架を背負わされた男の物語である。
 浅野健人(あさのけんと)は大手外食産業「AZフーズ」で働く三十歳。彼が十歳のとき父親が母と妹を殺害して逮捕、健人と弟が残された。「人殺しの息子」という刻印を背負いながらも真面目に生きてきた健人は、縁あって「AZフーズ」に就職し、恋人もできた。
 ところがそんなときに弁護士から衝撃の知らせを受ける。父親が出所したというのだ。二度と会いたくない、自分の人生にかかわってほしくない父親の出所の報に、彼は動揺する。
 一方、時期を同じくして「AZフーズ」もある問題に直面していた。社長の秘密を暴露する脅迫メールが届いたのだ。情報を知る者は限られている。果たして漏洩元はどこなのか。解決役に指名された健人だったが、事態は思わぬ方向へ……。
 というのが物語の導入部である。
 巧いのは、二十年前から逆順に語られる過去の回想と現在が交互に登場する構成だ。上記の生い立ちが順序立てて明かされるわけではなく、現在の話の合間に挿入されるのである。
 この構成により、読者は少しずつ、健人の置かれた状況がわかってくる。しかも、ただわかってくるだけではない。現在のパートでは、訪ねて来た弟と険悪だったり、やたらと社長に目をかけられていたりという、「ん?」と引っかかる描写が時折入ってくる。その理由が過去パートで説明される。そういうことだったのか、という小さな謎解きをちりばめながら読者の興味を巧妙に引っ張る手腕は見事だ。
 そのせいで読者は、健人の現在がどんな過去の積み重ねによって作られたかを立体的に知っていく。〈真っ当な社会人〉である現在の健人を知った上で、彼が通って来た戸惑いや苦しみや頑張りを知るわけで、これはもう感情移入せずにはいられない。
 悪事に手を染める弟を見て、悪は遺伝するという恐れから結婚に二の足を踏む。今の自分の幸せを壊す父や弟を疎んじる。その一方で家族というものに強烈な憧れを抱く。拾ってくれた社長に父親を投影し、息子として〈あるべき姿〉を貫こうとする。
 ここから、家族とは血ではなく心のつながりだ——というテーマを読み取るのは容易だが、さて、本当にそれだけだろうか?
 読みながら、健人の行動は本当に正しいのだろうかと考え込んでしまう場面がときどきある。それこそが堂場瞬一の手だ。その違和感をどうか大切にしていただきたい。ここに描かれているのは、自らの背負った十字架に対してどう向き合うかを決めながら、その決意に囚われる男の姿なのである。巧妙な構成によって彼に感情移入させられた読者は、つい彼の視点でものを考えてしまうだろう。だが彼が本当にすべきことは何だったのか、本書は健人と読者がそれを知るまでの物語と言っていい。
 自分では選べない運命がある。だがその運命にどう立ち向かうかは、自分で決められるのだ。
 企業脅迫事件の顛末(てんまつ)はさすが手練れの技で実にサスペンスフル。犯人を追跡するくだりは臨場感たっぷりだ。だが本書はミステリというよりも、明確に家族小説である。終盤の衝撃の展開には言葉を失った。これをやりたかったのか、と()け反った。
 これまで百作を超える作品を書いて来た堂場瞬一だが、本書は初めて正面から〈家族〉を描いた一作である。堂場瞬一の〈熟練の新境地〉をどうか堪能いただきたい。


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