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特集

だんだん事件小説ではなく、青春小説になっていた 『十字の記憶』

撮影:ホンゴ ユウジ(記事内)  取材・文:高倉 優子 

今年ついに著作が百冊に到達する堂場瞬一さん。九十六冊目となる『十字の記憶』は、刑事と新聞記者の「つらい友情」を描いた物語です。警察小説でありながら、青春小説の趣もある。そんな最新作について思いの丈を語っていただきました。
〈このインタビューは、単行本刊行時に「本の旅人」2015年9月号で掲載された記事を再録したものです〉

三十年ぶりに訪れた地は当時の残り香すら感じなかった


――この作品は、東京の隣県にある架空の市・白崎しらさきが舞台となっています。


堂場:リアルな土地を舞台にするのは、難しさがあるんです。実際に住んでいるわけじゃないですから、ちょっと遠慮してしまうところもあって。でも暮らしている東京を舞台にするのもまたなかなか書きづらい。だからどうしても架空の地方都市という設定が多くなりますね。地方都市は家の問題や地域社会の問題のなかで、独特の人間関係が形成されていくので物語が作りやすいんです。


――執筆前には、大学時代を過ごされた神奈川県某所をロケハンされたそうですね。


堂場:約三十年ぶりに訪れましたが、自分の記憶にある街とは違って見えました。というより、変わりすぎていてまったく見覚えのない街になっていました。まあ、一昔前なんてものじゃありませんから変わっていて当然ですが。


――具体的にいうと、どのように変わっていたんですか?


堂場:もともとかなり田舎だったので何もなかったんですが、いまはスーツを着た人が往来し、普通にビジネスをしている街になっていました。そのことを純粋に「栄えた」と呼んでいいかどうかはわかりませんが……。自分が住んでいたころの残り香すらなかったので、そこは想像で補って書きました。  今回のように、執筆前にロケハンをすることもあれば、書き終えたあとに実際の街の様子を確認しに行くこともあります。そこはケースバイケースなんですが、その土地から創作の刺激を受けることは多いですね。


――冒頭、新聞記者の福良ふくらが、故郷である白崎に戻ってくることで物語は動き出します。彼も堂場さんと同じように「様子はすっかり変わってしまった。自分が知っていた白崎は既に存在しない」と感じていますよね。


堂場:でもそれも結局、勝手というか、彼のわがままなんですよ。地元にいた人からすると、ずっとそこで頑張ってきたわけですから、「外にいたお前が言うな」という感じですよね。ただ福良は「変わるのが当たり前であり、変化こそ、街が生きている証拠」とも感じていて、自分が少し浮いた存在であることも意識しているんです。さびれていく地方都市の問題は、一筋縄ではいきませんからね。



すでに完成されている人より未完成な人を描くほうが面白い


――今作は、「小説 野性時代」の連載をまとめたものですが、単行本化に際し、何か手を加えられたのでしょうか。


堂場:「変えた」というよりも「変わっちゃった」という表現がしっくりきますね。自分も編集者も作業が大変になるので、なるべく大きく変えたくないとは思っているのですが……。今回は途中から事件そのものがどうでもよくなってしまった(笑)。むしろ、新聞記者の福良と刑事の芹沢せりざわ、そして高校の同級生だった早紀さきの三人の関係性を中心に描きたくなったんです。

また連載時、早紀の描写は少なめだったんですが、単行本化するにあたり、彼女の行動や考えをもっときちんと描いてあげたいと思いました。


――通常だと、きっちりプロットを作ったうえで書かれているんですか?


堂場:そうですね。いつもしっかり固めてから書き始めることが多いので、こんなに変えることはとても珍しいんです。自分でもなぜだかわからないけれど、だんだん「事件小説」ではなく、三人の微妙な関係を描いた「青春小説」になっていきました。


――苦みのある青春小説ですね。


堂場:そう、やり残したことにいまだに苦しめられているという話で、けっして爽やかではないし、ひどい青春です。でも誰しも青春時代ってそんなものじゃないですか? まあ、そこまで引きずるなよ、とは思いますけどね(笑)。


――「捜査一課・澤村さわむら慶司けいじ」シリーズもそうですが、主人公が三十代なのはなぜですか?


堂場:四十歳になってバタバタしている男ってカッコ悪いじゃないですか。三十代は気力と体力のバランスがベストなところに向かっていく過程だと思う。まだ完成していない年代。そんな発展途上の人を書くほうが楽しいんですよ。「俺のやり方はこれだ!」とすでに知ってしまった人より、未完成な人のほうが振り幅もありますから。



――福良と芹沢もまさに発展途上といえるかもしれませんね。最初は牽制けんせいし合っていましたが、後半にいくにつれ、コンビのようになっていきます。


堂場:ただ彼らの場合、根本的なところでは信用し合ってないと思います。お互いの職業柄ということもあるし、嫌な記憶を共有しているという意味でも手を携えるのは簡単ではない。ところどころでぶつかっているけれど、それはじゃれているわけではなく、本気で嫌がっているんです。でもだからこそ書くのは面白かったですね。


――堂場さんといえば、数々の人気シリーズを執筆されていますが、シリーズものと、今回のような単発ものを書く違いは何でしょうか。


堂場:単発ものは勢いでやれるのが魅力ですね。シリーズものだと主人公をはじめ、レギュラー陣のキャラクターを作るところからやらなくてはいけないし、次につなげるためにそのキャラクターが大きくブレないように物語を整えなくてはいけない。そういう制約が多いので、自由に遊べる単発ものは楽しいんです。


――それでは、連載と書き下ろしに関してはどちらがお好きですか?


堂場:書き下ろしのほうが好きに書けるので好きです。連載は自分のペースで書けないから嫌い(笑)。書き下ろしはだいたい半月でパッと書いて、その後、時間をかけてグズグズ直していくのが趣味みたいなものですね。推敲してより面白くすると同時に、校閲さんから矛盾を指摘されるといったことがないように、きちんと整えていくのが好きなんです。

これは小説のネタになるか? ニュースは敏感にチェックしている


――福良が高校時代の先輩に久しぶりに会い、その変化に驚く場面もありました。堂場さんご自身にもそういう経験はありますか?


堂場:同窓会はごく稀ですが、行きますよ。すごく変わっている人とそうじゃない人がいて面白い。あれって何なんでしょうね? 久しぶりに会う人がいたら、無意識に観察してしまいます。僕は割と人から話を聞き出すのがうまいんですよ。延々とグチをこぼされることもあるし、相談されることも多い。でもそれが面白いんです。どんな人でも年齢を重ねた分、なかなか面白い人生を送っているし、「いろんな経験を積んで考え方が変わったんだな」と思うこともありますね。



――きっと小説にも反映されているのでしょうね。それでは、ご自分をモデルにしたり、登場人物に代弁させることはないんですか。


堂場:それはまったくないですね。すべて創作で、基本的には自分の考えは出したくないんです。自分と似た設定の人物を書いても、考え方や行動は違うように書きますね。そうじゃないと自分の考えを垂れ流して終わってしまう。いろんな考え方をするキャラクターを考えるのは大変ですが、それがエンターテインメント小説の醍醐味だと思っているんです。


堂場:新聞記者時代の経験が生きることもあるのでしょうか。


堂場:それよりも創作していることのほうが圧倒的に多いですね。もちろん、新聞記事やニュースから着想を得ることはありますよ。時事ネタはまめにチェックして、小説にできるかどうか判断しています。ちょっと寝かせることで情報が古くなってしまう場合もあるので、「このネタで書けるか?」と瞬時に考えているような気がします。

著作が百冊を突破! 「走っていたらたどり着いていた」



――「堂場瞬一の100冊」プロジェクトを行うことになったきっかけは?


堂場:去年の頭くらいに「そろそろ百冊だ」と気づいて、各社の担当編集者たちに何かやろうか? と僕から持ちかけたんです。普段から彼らには横のつながりがあったから、一気に広がってこういうことになりました。


――なんだか、お祭りみたいですね。


堂場:こういうのって一生に一度しかないので、みんなで楽しんで盛り上がろうぜ、と。少し前にトークイベントを開催しましたが、今後も何か読者に還元できることをしたいと考えています。


――作家のなかには、限られた出版社の限られた編集者としか仕事をしないという方もいます。堂場さんは十社以上の出版社とお付き合いされていますね。


堂場:刺激がほしいんですよ。同じ人と長年やっているとお互いの考えも読めるようになってくる。でも初めての人はとんでもない意見を出してきたりするのでね。


――改めて、著作が百冊を突破したことについてはどのように感じていますか?


堂場:僕としては淡々と作業をしていたら百冊になっていただけなので、何の感慨もないんです……って、こんな感想じゃつまらないよね(笑)。何かストーリーを作ったほうがいいかな? ただ、数字を目標にしてやってきたわけじゃないし、感覚的には「走っていたらたどり着いていた」という感じなんです。


――堂場さんはすごくクールですよね。狂喜乱舞する……なんていう瞬間はあるのでしょうか。


堂場:うーん、ほとんどないですね。感情の起伏が激しいとエンターテインメント小説は書けないですから。登場人物を感情的にするためには自分自身はニュートラルかつフラットな状態でいなければいけないと思う。人形遣いのように上から人形を動かしている感覚です。余計な力が入ったりすると物語がうまく進んでいかないので。


――心をニュートラルに保つコツがあったら教えてください!


堂場:それは友だち関係を断つことですよ。人間のストレスは九割が人間関係ですから、思い切ってそこを断つ。揉める原因になるSNSなんてやらなきゃいいんです。僕はもともと、ごちゃごちゃした人間関係が嫌いということもあるけれど、交友関係を絞って、狭く深く付き合うようにしています。そしてフラットな状態で小説が書けるようにしているんです。人としては間違っているのかもしれないけれど、物書きとしての人生を選んでしまったから仕方ないですよね(笑)。


――今後の目標は?


堂場:百一冊目を世に送り出すことです。今後、十冊くらいは予定が入っているのですが、とりあえず目の前の一冊と向き合っていい作品にしていきたいです。今野敏さんから「百冊過ぎたら楽になるよ」と言われたんですが、そんなことはありませんでした。やっぱり大変です(笑)。


――忙しい日々の気分転換は?


堂場:もっぱらジムですね。座りっぱなしの毎日なので、筋トレをして汗を流しているんです。あと、コレステロール値を下げるために昼食でサバを食べ続けています。サバはどの店にもたいてい置いてあるので、食べやすいんですよ。薬を飲めばあっという間に値は下がるんでしょうが、なるべくナチュラルに落としたいと思って続けているんです。もうすぐ健康診断があるので、ちょっとした人体実験の気分(笑)。無理しない範囲で続けようと思っています。ずっと書いていくためには何よりも健康が大切ですからね。


堂場 瞬一

1963年茨城県生まれ。新聞社勤務の傍ら小説の執筆を始め、2000年に『8年』で第13回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。警察小説やスポーツ小説など、幅広いジャンルの作品を執筆。

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