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レビュー

死者をして語らしめよ 『死者と先祖の話』

 孤独死が身近に迫っている。家族がいても、あてにならない。私も、ある終活NPOの会員になっているのだが、葬儀や墓は「子どもに迷惑をかけたくない」が一番の気持ち。では、「どんな葬儀をしたらいいのか」が悩みの種だ。「お別れ会」といったパーティ形式の葬儀も増えている。とにかく「ほんとうにいい人だった」と故人の思い出を語って「いいお葬式でしたね」となるのだが、死んだ当人にしてみれば、「いい人だった」ですまされてはたまるまい。誰しも心残りな死を迎えたはずだ。しかし、なんとなく天国に行ったことにされ、もしかしたらくらい世界に去ったかもしれない行く末は気にもされず、魂の慰めは乏しい。
 そんな欺瞞ぎまんを暴いたのが二〇一一年の東日本大震災だ。本書の著者は震災直後に多数の児童が津波にのまれた石巻市の大川小学校を訪ね、三年後に再訪したときのことを次のように言う。
「旧校門前に親子地蔵尊が祀られ、参詣者たちが唱える御詠歌と般若心経の声が天空にひびきわたっていました」。
 それは失われた「古代万葉人の挽歌の調べ」のようであったという。
 今は震災から六年九か月。「生き残った者たちの前に死者たちの生々しい声や姿が立ちあらわれはじめた」「深く傷ついた被災地の人々は、そのような死者たちの声や姿に接して、それをもはや幻想とか幻覚とかいう言葉におきかえようとはしませんでした」。
 多数の死者が出た海辺では、幽霊を見たという人が絶えないそうだ。「被災地にあらわれる幽霊や、海や山のかなたからきこえてくる声や呼びかけは(中略)家族の肉声そのものであり、死者の、隣人のリアルな姿でした。そのことを証言する舞台に立つのが、死者の思いをこの世にとどけるイタコさんやオガミヤさんたちでした。こうして仏おろしや魂呼たまよばいの過去の伝統が蘇ってきたのでした」。
 そのような霊鎮たましずめの伝統は現在の家族葬や直葬でも少しは生きていて、「やっぱりお経をあげてもらわなくては」と僧侶に来てもらうことが多い。しかし、近代の日本、とりわけ戦後七十年の現在、死者の声を聞く手立ても、慰めを求める魂を安定させる手段も大きく失われてしまった。このような時代に、著者は二冊の本を中心に日本人の魂のゆくえを探っていく。折口信夫おりぐちしのぶの『死者の書』と柳田国男やなぎだくにおの『先祖の話』だ。
 折口『死者の書』は太平洋戦争中の昭和十八年に刊行された。極楽浄土を描く当麻曼荼羅たいままんだらを織り上げた中将ちゅうじょう姫の伝説をベースにした小説だ。
 柳田『先祖の話』は死者は祖霊となって子孫の近くにいるという民俗学の著述で、昭和二十一年刊だが、執筆は戦中だった。どちらもおびただしい若者が戦場に倒れた時期に書かれた。死んだ者はどこへ行くのかを問わずにいられなかったときの著述だ。
 この両書を軸としながら著者は柳田『遠野物語』の蓮台野れんだいの、折口「餓鬼阿弥蘇生譚がきあみそせいたん」の餓鬼、『万葉集』の挽歌、一休の法話『骸骨』、戦後に東京の巣鴨プリズンで刑死したBC級戦犯の遺言集『世紀の遺書』、現代の歌謡曲や絵画など、さまざまな面から自己の来し方行く末を含めて死者との交流を求め、思索を深めていく。
 そして、もし死者の声を聞き、死者と語らうことができるとしたら、整然と組み立てた論理的な言葉ではなく、切れ切れの詩篇のようにならざるをえまい。本書で著者は、通常の序や後書きではなく巻頭・巻末に「序の長詩」「終の長詩」を置いている。

死者から先祖への一筋道が  もう見えない 他者の横行 死者の漂流

「序の長詩」より

戦後七十年 歩く 歩く 歩く …… 灰は 土に融け 土に融け …… 歩く 歩く 歩く

「終の長詩」より


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