蝮さんとお仕事をご一緒させていただくようになってから、一年半が経過した。日々、多くのことを学ばせていただいている。
国民的中継コーナー「毒蝮三太夫のミュージックプレゼント」が、TBSラジオで三十年続いた平日の帯番組「大沢悠里のゆうゆうワイド」(現在は土曜日にお引っ越し)のあと、私がパーソナリティーを務める新番組「生活は踊る」に残ると聞いた時、心強さとともに、畏怖の念を抱いた。
多くのリスナーが、蝮さんと悠里さんの軽妙洒脱な丁々発止を毎日の励みにしていたのは明白だ。蝮さんの邪魔にならぬよう、時間を掛けて関係を築いていこう。なにせ今年で四十九年目の名物コーナー、焦っても仕方がない。
新番組が始まる前、蝮さんにご挨拶をするため、ミュージックプレゼントの現場にお邪魔したことがある。年齢を感じさせないラジオでのお声とは少し違い、本番前に初めてお会いした蝮さんは好々爺の風情だった。
しかし、ひとたびマイクを握ると、恰幅の良い蝮さんの体からフワッと色気が立ち昇る。色気はあっという間にその場の空気を支配した。それは目に見えそうなほどに濃厚だった。毒蝮三太夫は齢八十一にして尚、現役。そこらの男性では敵わないほど魅力的なのだ。そして、若輩者の私にも繊細な気遣いを忘れない。いつも楽しそうで、「あんな老後が送れたら楽しいだろうな」と思わせてくれるのが蝮さんだ。
本著は、将来に不安を感じる老若男女、ことさらTBSラジオリスナーには必読の書である。お馴染みの逸話の数々が、改めて文章で読めるのだから。
結婚を長続きさせる方法、江戸っ子気質について、戦争の痛ましさ、盟友だった立川談志さんとの思い出、医師の日野原重明先生から学んだことなどが惜しげもなく収められている。話し言葉で書かれているので、読んでいると自然に蝮さんのお声が頭に響いてくるのが楽しい。また、ここで初めて明かされた秘密もあり、そんなことがあったのかと胸を打たれた。
蝮さんは誰もが舌を巻くほど物知りで、どこへ行ってもその街の人が誇らしくなるようなエピソードを披露する。加えて、老後の生き方や人生との向き合い方など、老若男女にとって生きる杖となる言葉をたくさんお持ちだ。
蝮さんは、ことあるごとに「チャーミングな年寄りにならなきゃね」「若者の負担にならないよう、健康寿命を延ばすことが大事だよ」とおっしゃる。
本著でも、そのふたつについて丁寧に説明がされている。実は、後者を聞く度に胸が痛む。本来なら、日本を背負ってきた高齢者の皆さんに「どうぞ安心してください」と言いたいところ。しかし、今の日本ではそれも難しくなってしまったのが歯痒い。
さて、ロンドン・ビジネススクールの教授リンダ・グラットンと、同校の経済学教授アンドリュー・スコットの共著に、『ライフ・シフト』というベストセラーがある。かつてない長寿社会を迎えた今、どう生きていくかを指南する書だが、この本と本著の共通点は驚くほど多い。
健康寿命を延ばすこと、仲間との時間、若々しく生きることなどの重要性がどちらの書でも説かれている。目に見えぬお金に換算できない資産こそが、長寿社会を楽しく生きるために必要らしい。海の向こうの学者がデータを基に導き出した答えと、在野の蝮さんが足で稼いで身につけた知恵に違いがないことを誇らしく思った。
読後、タイトルにもなっている「人生ごっこ」という言葉が強く印象に残った。ふざけているように見える蝮さんが、楽しく生きることにだけは一生懸命真面目に取り組んでいらっしゃることがよくわかる言葉だ。
「おい、くたばり損ないのババア!」など乱暴な口の利き方が真骨頂と思われがちだが、それも関係性があって初めて成立すること。自らを「民芸品タレント」と評する蝮さんが、代えの利かない唯一の存在になるための工夫や努力がふんだんに語られた本著は、長く読み継がれる書となるだろう。
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