これから“来る”のはこんな作品。物語を愛するすべての読者へブレイク必至の要チェック作をご紹介する、熱烈応援レビュー!
台湾プロ野球界の八百長事件に手を染め、黒道(台湾マフィア)と関係を結んだ主人公・加倉の失墜を執拗なまでに描き出した、馳星周の初期代表作『夜光虫』。単行本刊行から二十九年目となる今年、加倉の「その後」を描いた続編『暗手』が発表された。最初の一ページで、一撃で、否応無しに物語世界に引きずり込まれてしまう。〈欲望に身を任せた。(中略)顔を変えた。名前を変えた。/そして殺した。/殺した。殺した。殺した。/殺しすぎて台湾にいられなくなった。/そしておれは今、イタリアにいる〉。
ミラノの観光地ナヴィリオに根を張り、裏社会で「暗手(アンショウ)」の通り名を持つ「おれ」は、サッカーの八百長コーディネーターをしていた。中華系マフィアの筋からもたらされた新たな依頼は、田舎町ロッコのクラブチームに所属する、日本人ゴールキーパー・大森怜央を「落とす」こと。「キーパーなら相手に得点をゆるすことができる」「一度でも八百長に関われば、一生逃げることはかなわない」。八百長のシステムがコンパクトに記述された後、仕事が始まる。大森の行きつけのバルで偶然を装って出会い、娼婦の元締めに紹介してもらった日本人のミカをあてがって、彼の人生をコントロールし始める。ファインセーブを連発しビッグクラブへの移籍の芽が出てきた時は、容赦なくそれを潰す! そのプロフェッショナルな仕事ぶりを追い掛けるうちに、読者は憧れにも似た感情を抱くことになるだろう。他人の人生をぶち壊すダーティな仕事だと知りながらも、「おれ」の繰り出す妙手がことごとくハマっていくことを願い、楽しむ。
ところが、昔愛した女とよく似た女に出会った途端、クールな「おれ」の皮が剥がれ、欲望に翻弄される「加倉」の顔があらわになっていく。『夜光虫』を知る読者ならば馴染みのある「頭の奥の声」が聞こえ出し、それまでの仕事ぶりからは考えられないような悪手を繰り出し始める。友を失う。人を殺す。愛が台無しになる。堕ちて堕ちて、堕ちていく。そこで起きていることに、運命、の一語を当てることを作者は嫌うだろう。そもそも全ての契機となる〝昔愛した女とよく似た女〟は、実はそれほど似ていないということを、「おれ」自身は認識している。それでも手に入れようとしたのは、この男のサガであり、業だ。
「おれは死ぬべきなのだ」と何度も思う。その一方で、愛する女からの「くたばれ」という罵倒さえも、生きるための力に変える。振り返ってみれば『夜光虫』の時からそうだった。「復讐」の名のもとに男が燃やす憎悪の炎は、生命の炎だった。共感や感情移入からは切断された状況下で発生する、その炎の熱さに、読者は魅了されたのだ。続編が執筆された必然性は、そこにある。あんなにも最悪な結末の先で「おれ」が生き続けていることを描き、どんなに最悪な状況下でも「死なずに、生きる」という選択をし続ける、「おれ」の姿を再び描く。その時、生命の炎は勢いを増して燃え上がる。その一端が確実に、読み手に飛び火する。
「死なずに、生きろ」。作中には記録されていないそのセリフが、読み終えた今もずっと心に残り続けている。
「誉れ高き勇敢なブルーよ」(講談社文庫)本城雅人
かつて代表監督の招聘に失敗し「日本サッカー界の裏切り者」呼ばわりされることになった男。3年後、今度は25日間で新たな日本代表監督と契約せよとの厳命が協会から下る。いかにしてマスコミを出し抜くか。リーダーに必要な条件とは? 「スカウト」を題材にした異形のサッカー小説。
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