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レビュー

犯人が自殺したあの事件は冤罪だったのか?

 平成二十九年七月の夜のこと。Tシャツに首を通しただけの裸姿で、五歳の深沢美穂は死体として発見された。児童公園に一人残って遊んでいた姿を目撃されてから約三時間後には、絞殺された遺体となっていたのだ。船橋署捜査一課の巡査部長である香山(こうやま)亮介は、部下の三宅義邦(よしくに)巡査長や増岡美佐巡査などとともに事件解決を目指す。だが、その捜査は、単純なものではなかった……。
 翔田寛(しょうだかん)は、二〇〇〇年に「影踏み鬼」で小説推理新人賞を受賞して作家デビュー。翌二〇〇一年には、新人賞受賞作を表題作とし、日本推理作家協会賞短編部門で最終候補となった「奈落闇恋乃道(ならくのやみこいのみち)(ゆき)」なども収録した短篇集を刊行した。その後、時代小説とミステリの分野で作品をコンスタントに放ちながら、二〇〇八年、『誘拐児』で江戸川乱歩賞を獲得する(末浦広海(すえうらひろみ)訣別(けつべつ)の森』と同時受賞)。『誘拐児』は、昭和二十一年に発生した未解決の五歳児誘拐事件に、その十五年後、つまり時効のタイミングから光を当てた一冊であった。こうした大枠の作り方を翔田寛は得意としており、大藪春彦賞候補作『真犯人』(二〇一五年)も過去の事件に光を当てるタイプだ。こちらはさらにスパンが長い。ある男性の殺人事件を捜査している刑事が、四十一年前に発生し、二十六年前には時効となっていた誘拐事件をあらためて洗い直すのだ。事件の構図の異様さや刑事の執念が強く心に残る一冊であったが、新作の『冤罪犯』もまた、それらを感じさせる作品に仕上がっている。
 平成二十九年の船橋市女児誘拐殺人事件の捜査を進めた香山たちは、ほどなく《田宮(たみや)事件》との類似性に思い至る。《田宮事件》とは、七年前に発生した連続幼女誘拐殺人事件である。ターゲットが幼女であること、裸にして悪戯したこと、そして容赦なく殺害したこと——事件の特徴が、今回の深沢美穂の事件と共通していた。この事件では、田宮龍司(りゅうじ)という男が逮捕され、勾留期限が切れる間際で発見された新証拠により自供に至る。その後田宮は自供を撤回するものの、一審でも二審でも死刑の判決が下った。二審判決後、田宮は控訴するが、その二日後に拘置支所内で自殺してしまう。《田宮事件》とは、そんな後味の悪い事件だったのだ。捜査会議で《田宮事件》の模倣犯の可能性を主張した増岡に対し、捜査一課係長は、その筋での捜査に反対した……。
 翔田寛は、相変わらず大胆かつ巧緻(こうち)に事件を構築している。現在の事件と七年前の事件の重ね方が、特に巧みだ。『真犯人』では、四十一年という長い時間の流れを見事に操った著者が、今回は、その才能を七年という時間に最適なかたちで活かしている。七年前であれば、関係者はまだ存命しており、質問によっては、新たなる証言も引き出し得る。香山たちは、上層部に反対されながらも、七年前の物証や証言を再度吟味し、現代の事件との関係を探る。模倣犯という可能性も否定しなければ、七年前の事件が冤罪で、見逃された真犯人が今回の事件を引き起こした可能性すら視野に入れて、捜査を進めるのだ。そんな彼等の捜査は、やがて一つの物証に行き当たる。《田宮事件》と今回の事件の全体を見直さねばならないような、大きな物証に……。
 著者が大胆な構図の事件を堅実に描写しているが故に、その事件の関係者の七年間のドラマが際立つ。香山をはじめとする警察関係者のそれぞれはもちろん、弟の冤罪を主張し続ける田宮の姉など、中心人物から脇役まで、登場人物一人ひとりの心の動きが、読み手にきちんと響くのである。そのうえで翔田寛は、冤罪かどうかという点を含め——なにが冤罪なのかという点も含め——想定外の展開をみせたこの事件を見事に着地させた。着地の際に明らかになる事件の真相に読み手は納得するとともに、その着地の人間味が、忘れ得ぬ余韻として胸に残る。
 よい読書をさせて貰った。


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