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レビュー

「真の自己」を見つけた、個性豊かな女性たちの姿

 植木氏のことは、最初『サンスクリット原典現代語訳 法華経』の訳者として知った。
 ほかにも、『梵漢和対照・現代語訳 法華経』『同 維摩(ゆいま)経』などの仕事があり、博士論文が「仏教におけるジェンダー平等の研究」だということもいちおう知ってはいるが、ブッダの弟子である尼僧の偈(詩)をパーリ語から新訳したこの『テーリー・ガーター 尼僧たちのいのちの讃歌』の本文とはしがき、丁寧な長文の解説を読んで、これまで取り組んでこられたジェンダー研究と、同じく力を注いでおられる原典にあたって訳すことの重要性や必然性が、門外漢にも及ばずながらわかる気がした。
 翻訳には、大なり小なり、受容する側の文化的なバイアスがかかる。解説で植木氏が指摘しているように、原文では「母や父」となっていても、漢訳される際は儒教思想の影響を受けてか「父母」となってしまう。日本語に訳す際も、これは一概に儒教思想だけのせいとは言えないかもしれないが、同じく「父母」の順序に大抵の訳者は変えてしまうだろう。
 仏教の男女平等思想を検討する際にあたる原典として、植木氏が最も重視した仏典がこの『テーリー・ガーター』だったという。男性出家者の言葉を集めた『テーラ・ガーター』と対になるもので、ブッダは男女どちらを受け入れるときにも「いらっしゃい(ehi)」という敬語を使っているそうだ。
 師事していた中村(はじめ)の旧訳を参照しつつ、近年の研究成果を反映させ、それを更新するのが本書である。登場する尼僧たちは、思い思いの表現で、ブッダの教えに導かれて解脱にいたった境地、その喜びや安らぎを伝えている。
 遊女だった女性もいれば、低い身分とされた鍛冶屋の娘もいる。銀行家の娘や高貴な家に生まれた女性、後世にその名が残るような女性もいる。現世でひどい思いをした女性もいれば、傍目には満ち足りた境遇の中で出家を選んだ女性もいる。夫に去られた女性、子供を亡くした女性、娘と夫を共有することになった女性もいる。ブッダを育てた叔母の言葉も出てくる。
 これらが口誦(こうしょう)されるものであったことを想わせる、くり返しや定型表現がある。はじめは一人についてひとつの詩で、徐々に数が増えていく。第二章は二つ。第三章は四つ。第四章は五つ。第十三章では二十。第十四章は三十。第十五章は四十。最後の「長い()からなる…」とされている第十六章は六十五もの偈から成り立っている。
 はじめのうち一人の人間を語るには短すぎる断章だったものが、次第に長い物語になり、一人の女性の半生を、個性豊かにくっきりと描き出す。
 たとえば第十五章のイシダーシー尼は裕福な生まれで、やはり豊かな長者に求婚されるが、夫は何の過ちもない彼女を憎んで家を出て行ってしまう。別の男に嫁いでも、やはりうまくいかない。出家して覚りを得たイシダーシーは、過去に男として他人の妻に狂って夢中になったせいで、猿や山羊や人間の女に七回生まれ変わり、そのたび前世の報いを受けているとわかる。
 第十六章の、スメーダー尼のように、婚礼当日、結婚相手の王が来ているのに髪を剃刀で落とし、扉を閉めて瞑想に入ってしまう元王女もいる。財宝を提示されても、泣かれても考えを変えず、ついには結婚相手の王が両親を説得してくれて出家するのだ。
 イシダーシーのところだけ読むと、女性への虐待を前世の因果として受け入れろと言われているようだが、スメーダーや、求愛の相手から瞳を褒められ、くりぬいた片目を渡して断念しろと言う美しいスバー尼や、沐浴するバラモンの形式主義を論破してしまう、水汲み女だったプンカニー尼のように、意志を貫く強い女性も数多く登場する。女性が父から夫に「与えられる」ものだった二千五百年前のインド社会では驚くべきことで、「真の自己」に目覚めた女性たちが、『テーリー・ガーター』の世界では、おおらかに肯定されているように感じられた。


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