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レビュー

約30年の遺産!90年代から現在までの最恐セレクション。──『再生 角川ホラー文庫ベストセレクション』【文庫巻末解説】

文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

『再生 角川ホラー文庫ベストセレクション』文庫巻末解説

解説
朝宮 運河(ライター・書評家)

 一九九三年四月、〈ホラー〉の語を冠したわが国初の文庫レーベルである、角川ホラー文庫が創刊された。これは翌年の日本ホラー小説大賞の創設とならび、日本ホラー小説史において重要なトピックであった。
 その後、日本ホラー小説大賞からは『パラサイト・イヴ』の瀬名秀明、『黒い家』の貴志祐介などのベストセラー作家が誕生、角川ホラー文庫の創刊ラインナップに加わっていた鈴木光司『リング』が一九九八年に映画化され大ヒットを記録し、二十世紀末に空前のホラーブームを巻き起こした。その結果今日では、ミステリやSFと並ぶエンターテインメントの一ジャンルとして、ホラーは市民権を得るにいたっている。
 角川ホラー文庫はそうした動きと連動し、併走してきた無二の文庫レーベルであり、その歩みは国産ホラージャンルの発展とほぼ重なり合う。ホラーとのファーストコンタクトが角川ホラー文庫だった、という読者も少なくないだろう。
 本書はそんな角川ホラー文庫の約三十年を、俯瞰する目的で編まれたベストセレクションである。本格ミステリの巨匠から新世代作家までいずれ劣らぬ実力派が、技巧とアイデアを凝らして作りあげた八編を通じ、ホラーの面白さと可能性をあらためて感じていただければ幸いだ。以下、収録作について解説していこう。


再生 角川ホラー文庫ベストセレクション
編集 朝宮 運河
定価: 748円(本体680円+税)


 病院の待合室で知り合った女性と結ばれた〝私〟は、彼女の身体が呪われていることを知る。おぞましくもわく的なシーンの連続で読者を圧倒する綾辻行人「再生」は、角川ホラー文庫オリジナルのアンソロジー『亀裂』に収録された。著者のホラー短篇集『眼球綺譚』の巻頭を飾ったことでも知られる傑作である(本書は角川文庫版『眼球綺譚』を底本とした)。意外な結末と恐怖が緊密に結びついた構成は、本格ミステリの名手ならでは。ホラーのこれまでを眺め、未来へと繫げる本書のコンセプトを象徴する意味で、表題作に選ばせてもらった。
 ほぼ初対面に近い夫婦から、東京湾のナイトクルーズに誘われた主人公。しかし不可解な原因でヨットは動かなくなってしまう。鈴木光司「夢の島クルーズ」は、「リング」シリーズの著者による、生々しい手ざわりの海洋綺譚。夜の海に潜んでいるのは何ものか。水辺の怪を扱った短編集『仄暗い水の底から』所収の本作は、『ドリーム・クルーズ』(鶴田法男監督)のタイトルで映画化もされている。
「よけいなものが」は一九八三年、星新一ショートショート・コンテストに入選した井上雅彦最初期の作品。夜道を歩く男女の間に、何が起こったかお気づきだろうか? 鮮やかなマジックを見ているようなこの作品を皮切りに、著者は洒脱なアイデアと幻想的イメージに溢れた長短編を多数執筆、国産ホラーブームの一翼を担った。本編を収める短編集『異形博覧会』など名作の多くが、角川ホラー文庫から刊行された。
『灰色の犬』など骨太なエンターテインメントを相次いで送り出す福澤徹三は、デビュー以来怪談にこだわってきた。角川ホラー文庫にも怪談実話集「忌談」シリーズなどを書き下ろしている。「五月の陥穽」は極限状況に追い込まれた男の絶望を、手に汗握る筆致で描いており一読忘れがたい。『怪談歳時記 12か月の悪夢』に収録。
 一九八九年、本格ミステリの『卍の殺人』でデビューした今邑彩は、ホラーにも意欲を示し、角川ホラー文庫では伝奇長編「蛇神」シリーズ全四巻を執筆している。「鳥の巣」はアンソロジー『かなわぬ想い 惨劇で祝う五つの記念日』に書き下ろされた、ひたひたと恐怖が迫りくる〝物件ホラー〟の逸品である。
 貧しい村で虐げられている兄妹。幼い妹のシズは牛の化け物を幻視する。岩井志麻子「ってくだんごとし」は、明治期岡山の寒村を舞台に、土俗の闇と怪異を描いた第一短編集『ぼっけえ、きょうてえ』の巻末を飾る衝撃作。人間心理の暗部に向けられた鋭いまなざしは、「現代百物語」シリーズ全十巻など多くの怪談・ホラーに結実している。
 夫を亡くした〝私〟の周囲に現れる、オーストリア人女性の影。小池真理子「ゾフィーの手袋」は森鷗外の「舞姫」を彷彿とさせる設定のもと、現世をさまよう死者の恐怖と悲しさが描かれる珠玉の怪談だ。短編集『異形のものたち』に収録。スティーヴン・キングに刺激を受け、いち早くホラーを手がけた著者の『墓地を見おろす家』は、角川ホラー文庫屈指のロングセラーとして、読者を戦慄させ続けている。
 二〇一五年『ぼぎわんが、来る』で第二十二回日本ホラー小説大賞を受賞した澤村伊智は、現代のホラーシーンを牽引する逸材。〝学校における死〟というテーマを、現代的な視点を交えつつ描いた「学校は死の匂い」にも、著者の非凡な着想とテクニックが遺憾なく発揮されている。現代ホラーの最先端ともいうべき短編である。この作品で第七十二回日本推理作家協会賞・短編部門を受賞。角川ホラー文庫の短編集『などらきの首』に収録された。

 家中の角川ホラー文庫を積み上げ、片っ端から読み返しながら、本書収録作の選定を進めるのは嬉しくも悩ましい作業だった。涙をそそる抒情ホラー、グロテスクな怪作、実験的手法の野心作──。ページ数の都合から、今回収録が叶わなかった作品がまだまだ山のようにある。
 本書をきっかけに、国産ホラー小説の沃野を探索する気になっていただければ、編者冥利に尽きるというものだ。

作品紹介



再生 角川ホラー文庫ベストセレクション
編集 朝宮運河
著者 綾辻行人 鈴木光司  井上雅彦 福澤徹三 今邑彩 岩井志麻子 小池真理子 澤村伊智
定価: 748円(本体680円+税)

角川ホラー文庫約30年の遺産!90年代から現在までの最恐セレクション。
1993年4月の創刊以来、わが国のホラー・エンターテインメントとともに歩んできた無二の文庫レーベル、角川ホラー文庫。その膨大な遺産の中から、時代を超えて読み継がれる名作を厳選収録したベストセレクションが登場。大学助教授の〈私〉が病院で知り合った美しい女性、由尹。ミステリアスな雰囲気をたたえた彼女は、自分の体は呪われていると告げる。ともに暮らし始めた二人だが、やがて悲劇的な事件に見舞われて……。ミステリとホラーの巨匠・綾辻行人90年代初頭に執筆した傑作「再生」をはじめ、『リング』の鈴木光司が東京湾のクルーズ船を舞台に戦慄の一夜を描いた「夢の島クルーズ」、故・今邑彩が角川ホラー文庫のために書き下ろした不穏な物件ホラー「鳥の巣」、の第72回日本推理作家協会賞に輝いた澤村伊智の学園ホラー「学校は死の匂い」など、バラエティ豊かに、ホラージャンルの面白さと可能性を示す全8編。最高にして最恐、これが日本のホラー小説だ。ホラー評論家・ライターの朝宮運河セレクション。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322008000154/
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