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レビュー

作者の挑戦的な姿勢が強く伝わってくる小説――『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 V 信頼できない語り手』松岡圭祐 文庫巻末解説【解説:若林 踏】

読書メーター読みたい本ランキング続々1位の人気シリーズ
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 V 信頼できない語り手』松岡圭祐

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 V 信頼できない語り手』松岡圭祐



『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 V 信頼できない語り手』松岡圭祐

解説
わかばやし ふみ(書評家)

 作者の挑戦的な姿勢が強く伝わってくる小説だ。
『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅴ 信頼できない語り手』は〈écriture 新人作家・杉浦李奈の推論〉シリーズの第五作目に当たる、文庫書き下ろし長編である。本書の内容を紹介する前に、これまでのシリーズを簡単におさらいしておきたい。
 主人公のすぎうらは、小説投稿サイト「カクヨム」に発表した作品が編集者の目に留まり、デビューを果たした二十三歳の新人作家だ。しかし、これまで刊行した小説は売れ行きとしてはどれも今ひとつで、李奈はコンビニでアルバイトをしながら作家活動を続けている。この李奈が探偵役となり、出版業界で起きる奇妙な事件の謎解きを行う、というのがシリーズの基本形だ。
 例えば第一作『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論』(二〇二一年一〇月刊)は李奈が文芸雑誌で「あくたがわりゆうすけざいおさむ」について対談したいわさきしようという作家に盗作疑惑が持ち上がり、それに端を発する事件に巻き込まれていくという話である。続く第二作『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅱ』(二〇二一年一二月刊)では、流行作家のばしらとうぞうが未解決の女児しつそう事件をなぞるかのような小説を発表した後、失踪するという事件が起きる。第三作『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅲ クローズド・サークル』(二〇二二年二月刊)は前二作と趣向を変え、孤島に集められた九人の小説家とともに閉鎖状況下での謎解きに李奈が挑む。第四作『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅳ シンデレラはどこに』(二〇二二年四月刊)は再び盗作を題材にしながら、童話「シンデレラ」の原典探しという文学趣味にあふれた謎を描いている。
 では第五作『信頼できない語り手』はどのような話なのか。物語の中心となるのは、都内のホテルで起きた大規模な火災事件である。その日、ホテルの宴会ホールでは日本小説家協会の懇親会が開催されており、小説家や評論家、編集者など出版関係者を含めた二百十八名が亡くなる大惨事となった。宴会ホールからの生存者はわずか二名。一人は六十八歳のベテラン小説家・ふじもりともあきで、もう一名は二十七歳のホテル従業員であるとうだった。藤森は身をていして自分を守った有希恵を養子に迎え、作家活動から引退することを発表する。生還者の心温まるエピソードが注目される一方で、ホテルの出火については物騒な話が持ち上がっていた。現場には放火のこんせきが残されていたため、懇親会に集った大御所作家たちを狙った犯行ではないかという説が流れたのだ。インターネット上では犠牲者の作家たちがいなくなって得をする人間は誰か、という当て推量に基づいた〝疑惑の業界人一覧〟というサイトまで出来上がっており、その中に本作の主人公である杉浦李奈の名前も入っていた。その後、李奈はある人物と出会うことで出火事件の調査へ深く関わることになる。その人物とは、第三作『écriture 新人作家・杉浦李奈の推論 Ⅲ クローズド・サークル』に登場した〝あの作家〟だった。
 解説冒頭で本書を「挑戦的な姿勢が強く伝わる」と評したが、具体的には四つの挑戦に作者は取り組んでいる。第一の挑戦は言うまでもなく、業界内幕小説としての攻めた書きっぷりだ。シリーズ既刊の巻末解説でも指摘されている通り、本シリーズではKADOKAWA、新潮社、講談社といった実在の出版社が登場し、業界の裏側がかなりの現実味を持って描かれている。その中で「火災事件で業界関係者が二百名以上亡くなる」という大事件を書くのは、架空の登場人物ばかりとはいえ生々しく、衝撃度は高い。これまでもたけもとけんの〈ウロボロス〉シリーズをはじめ、実在の作家や出版社が事件に巻き込まれるミステリは書かれてはいるが、ここまで大胆な事件を描いた作品は無かっただろう。だが読者がおののくのは事件ばかりではない。調査を進める李奈の視点を借りながら読者は出版界の姿を垣間見るわけだが、そこには業界の閉鎖的な体質がもたらす負の側面も時として顔を出す。そうした出版界のマイナス面についても、目を背けず作者は描こうとしているのだ。
 第二の挑戦は本格謎解きミステリとしての企みである。〈千里眼〉シリーズ〈万能鑑定士Q〉シリーズなど、多くの人気シリーズを作者は手掛けているが、その中でも本格謎解き小説の要素が最も濃く感じられるのが〈écriture 新人作家・杉浦李奈の推論〉シリーズだ。その理由は幾つか挙げられるが、一番重要な点を選ぶとすればフェアプレイに基づく手掛かりの配置だろう。謎を解くための手掛かりをフェアに提示することは本格謎解き小説の肝であるが、それを作者は業界内幕小説の要素と掛け合わせることで巧みにクリアしているのだ。本書でも読者が真実に辿たどり着くためのヒントが巧妙に隠されているので、我こそはと思う方はぜひとも真相当てにチャレンジしてもらいたい。
 第三の挑戦は主人公の成長を描いた作家小説であることだ。〈écriture 新人作家・杉浦李奈の推論〉シリーズは杉浦李奈という新人作家が抱く苦悩やかつとうを描く、教養小説としての側面を持ち合わせている。李奈は業界内では駆け出しの作家として扱われ、他の人気作家が持つ才能にせんぼうの念を抱き、悩むこともある。本書でも謎解きの傍らで孤独に思い悩みながら歩もうとする李奈の姿が描かれているのだ。作家のおうのうつづった小説はジャンルを問わず多く存在するが、それを成長小説の要素と重ねてシリーズものとして描き続けている点に本書の特長がある。
 そして第四の挑戦は、本書の副題である。「信頼できない語り手」とはフィクションの技法のひとつで、視点人物の語りに読者が何らかの錯覚や混乱を起こす仕掛けを示す時によく使われる用語である。ミステリではこの「信頼できない語り手」を利用した名作が数多く書かれている。しかし一部の例外はあるものの、あらかじめ「信頼できない語り手」を題材にした作品であることを公言するミステリはほとんどない。「信頼できない語り手」という言葉を聞いた途端に、読者の側に「この小説は語りに何か仕掛けがあるのではないか」という予断を与えてしまうからだ。だが、本書はえて「信頼できない語り手」と小説のタイトルに付けている。果たして、本書における「信頼できない語り手」とは何か。これこそが作者が読者に突き付けた最大の挑戦ではないだろうか。
 最後に一つ。カバーを見てお気づきの方もいるだろうが、本書には〈万能鑑定士Q〉シリーズの凜田莉子が登場する。どこで、どのようにつながるのかは読んでからのお楽しみだが、これまで松岡圭祐の作品を追いかけてきた読者にとってはこの上ない贈り物になることは間違いない。二つの人気シリーズが交差したことで、新人作家・杉浦李奈の物語はより一層、広がっていくだろう。

作品紹介・あらすじ
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 V 信頼できない語り手』松岡圭祐



ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論 V 信頼できない語り手
著者 松岡 圭祐
定価: 880円(本体800円+税)
発売日:2022年06月10日

読書メーター読みたい本ランキング続々1位の人気シリーズ
日本小説家協会の懇親会会場で起きた大規模火災。小説家をはじめ多くの出版関係者が亡くなった。生存者はわずか2名。現場には放火の痕跡が残されていたため、大御所作家を狙った犯行説が持ち上がる。ネット上では“疑惑の業界人一覧”なるサイトが話題になり、その中には李奈の名前も。放火犯はいるのか? ベストセラー作家・櫻木沙友理と「万能鑑定士Q」莉子の登場で、前代未聞の事件の真相が明らかに……!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322203001801/
amazonページはこちら


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