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レビュー

金田一の人間性の側面を立証する作品――横溝正史『壺中美人』文庫巻末解説

横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
横溝正史『壺中美人』

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

横溝正史『壺中美人



横溝正史『壺中美人』文庫巻末解説

解説
中島河太郎

 昭和二十年八月十五日、著者は疎開先の岡山県吉備郡岡田村で終戦の詔勅を聴いた。これまで数年続いた軍部と情報局の圧迫の時代が、その瞬間、崩壊したことについて、深い満足とあんかんを覚えた。そして心の中で思わず、高らかに絶叫したのである。「さあ、これからだ!」と。
 それから本格物一本でいこうと決意された話はよく知られているが、それがほぼ二十年も続くことになろうとは予想されなかったにちがいない。戦後の本格物の先頭をきってからは、旧人新人ともに競いあって、本格物が主流を形成した。はじめは口火さえ切れば、あとはバトン・タッチができるものと思っていたのに、圧倒的な支持が「本陣殺人事件」から「獄門島」へと休息を与えず、長中短篇の探偵小説に加えて、捕物・少年物まで領域を拡げて、おびただしい作品量となった。
 その数多くのなかだから、必ずしも本格物だけではなく、サスペンス調もあれば、スリラーもまじり、ファースもあった。しかもそのはんぼうのなかで、旧作に改訂を施したり、短篇を長篇化する労まで惜しまれなかったのだから、その根気に驚嘆させられる。
 この「壺中美人」も「支那扇の女」や「扉のかげの女」と並んで、長篇化されたものの一つで、昭和三十五年九月に刊行された。原型は三十二年九月の「壺の中の女」である。
 数々の難事件解決で名声とみに高くなった金田一耕助が、悠然と腰をおちつけるようになったのは、目黒区緑ケ丘町の高級アパートであった。警視庁でもっとも親しい等々力警部が寄って、世間話に時を移し、テレビを眺めている忙中閑の場面がまず紹介されるのだが、その漫然と眺めていた画面ですら、あとの事件解決にを与えるのだから、彼らはかんじつげつをたのしむ余裕すらないことを気の毒がる他はない。
 問題の惨劇は金田一事件簿の筆録者の在住する成城でぼつぱつした。成城は著者のお蔭で、他にも「支那扇の女」や「悪魔の百唇譜」の舞台に選ばれたのは災難だった。パトロール巡査が路上で刺されて重傷を負うたのである。このしらせで金田一が駆けつけると、顔なじみの志村刑事が待っていたとあり、「支那扇の女」を参照するよう注がつけてある。ところがこのほうは昭和二十九年五月二十六日朝の椿ちんであり、「支那扇の女」は三十二年八月二十日のことだから、その前後が矛盾しているが、原作と長篇化のずれから起こったもので、こういうせんさくも金田一ファンにはたのしいかもしれない。
 事件はそれだけではなかった。同じ成城で画家が殺されていて、その応接室にあった壺は、いつぞや等々力警部と眺めたテレビの支那美人の曲芸に用いられたものらしいのだ。しかもばあやの証言によると、被害者の画家のいたアトリエのなかをのぞくと、支那服の女が壺の中へはいろうとしていたという。誰もが夢でも見たのだろうと一笑に付しそうな話だが、現にテレビの曲芸では、その芸当をやってのけたのを金田一も警部も見たのである。
 被害者の妻の登場によって、彼が生前サディストだったこと、陶器の収集家で例の曲芸の壺を所望して、曲芸師と交渉のあったことが判明するのだが、巡査刺傷の容疑の濃い壺中美人の消息がようとして分らない。
 被害者のサディズムが妻にマゾヒズムを植えつけ、さらに同性愛こうが受動的男色者を生むなど、どうやらセックスの享楽はとどまるところを知らないが、いっぺんも妻帯したことのない金田一のほうが、かえって一目でこういう機微を見抜く眼力をそなえているのである。警部の質問に答えて、「わたしがいくらかあなたより、よけいに本を読んでいるということではないでしょうか。それもあんまり高級ならざる本を……」と雑読のせいにして逃げているが、活字だけではとうてい学べそうもない観察体験を有しているのがおもしろい。
「廃園の鬼」は昭和三十年六月号の「オール読物」に発表された。
 舞台は信州那須市の近くにあるT高原。たて続けに事件を解決した金田一が、休養のために訪れたのは、前に「犬神家の一族」事件でゆかりのある当地だった。その際知りあった橘署長に連絡すると、推薦されたのがこの高原である。
 金田一はここで旧知のレコード歌手、現在の高柳教授夫人にった。夫人は三度目の結婚で、夫妻あいたずさえて当地に滞在していたのだが、そこへ最初の夫だった映画監督がロケのためやって来るし、おまけに二番目の夫だった新聞記者が、金田一の名をかたった偽手紙によって呼び寄せられた。期せずして彼女の遍歴した三人の夫が、一堂に会することになったのだ。
 この奇妙なかいこうに加えて、この土地には狂人の設計した奇妙な建物が、未完成のまま放置され、異様な廃墟として、見るひとをわびしく、いらだたさずにはおかぬせいそうな眺めがある。
 狂人の幻想の結晶のような建築物に対して、いわば常軌を逸した三人の夫の会食は似合いかもしれないが、このまま平穏に収まるはずがなかった。ぜん、その化け物屋敷での殺人場面を、金田一、署長、教授連が遠望する劇的シーンが勃発する。
 どの目撃者も現実の出来事なのか、それとも映画の稽古なのか、容易にきめかねるほどぼうぜんしつの有様であった。夢うつつの状態からさめて行動を起こしてみると、話題の中心人物の教授夫人の死体が発見される。そうすれば名探偵の目の前でまさに殺人劇が演じられたことになるのだ。
 七人の関係者の行動の追究が、暗礁に乗りあげたというのは、殺人現場を見せつけられた金田一にとって、面目失墜といわねばならない。それから一年経過した。当時の事件の真相を見事に把握していた彼の遠謀深慮が、はじめてそこで明白にされたのだ。
 かたわらに署長まで控えていたのに、金田一はむなしく敗退する不名誉に耐えても、真実を摘発するに忍びなかった。彼の思いやりは単に個人的心情に傾いていたのではない、偉大な研究を嘱望するゆえに、自己の戦績をかえりみず、しかも長上への敬意といたわりとを忘れてはいない奥ゆかしい態度に終始している。金田一の人間性の側面を立証するものとして見のがし得ぬ作品であろう。

作品紹介・あらすじ
横溝正史『壺中美人』



壺中美人
著者 横溝 正史
定価: 792円(本体720円+税)
発売日:2022年03月23日

横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
陶器収集で有名な画家が自宅のアトリエで何者かに殺害された。
現場におもむいた金田一耕助は、聞き込みを続けるうちに数日前、テレビで見た“壺中美人”と称する曲芸を思い浮かべる。
なんと発見者のたえは、血にまみれたパレットナイフを握りしめたまま、身体をねじまげ壺の中へ入っていく女の姿を見たというのだ! 
表題作ほか奇妙な廃墟で起きた殺人事件を追う「廃園の鬼」を収めた、愛と裏切りを映し出す、横溝正史の傑作推理。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322111000522/
amazonページはこちら


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