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レビュー

苦難を生きる身の処し方――伊東 潤『家康謀殺』文庫巻末解説【解説:安部龍太郎】

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

伊東 潤『家康謀殺



解説 苦難を生きる身の処し方

りゆうろう

 本書を一読して胸が熱くなった。歴史時代小説にけるとうじゆんの思いが、ひしひしと伝わってきたからである。
 それは歴史用語へのこだわりにも現れている。たとえばじきおきそうだいかんなどは一般の読者にはなじみのない言葉だが、伊東はあえてそれを使い、カッコ書きの説明を入れて、当時の生活ぶりや雰囲気を再現しようとしている。
 また、歴史的な事情についてもしっかりと書き込み、読者が理解しにくいだろうとすると、丁重な説明を加えて読みやすいように配慮している。
 そうした作業をするのは、読者に歴史を分かってもらいたいという情熱と、歴史時代小説界を背負っているという責任感があるからにちがいない。
 驚いたのは単行本の巻末に、「本作は、事前に読書会を開催し、ご参加いただいた方々のご意見をできる限り反映しました」と記されていたことだ。
「ああ、伊東潤よ。なんじはここまで懸命の努力をつづけておられるか」
 同じ世界にたずさわる者として、私はしばし天を仰いで嘆息した。
 伊東とは四年にわたって対談させてもらった。「オール讀物」が企画したもので、他にはとうけんいちむろりんやまもとけんいちが加わり、二〇一三年六月号の『天才か、狂人か。信長の夢』から、二〇一六年二月号の『幕末の英雄たちと明治維新』まで、持てる力のすべてを尽くして語り合った。
 その様子は『合戦の日本史』(文春文庫)に収められているが、この対談における伊東の活躍はめざましかった。きちんと資料を集め、ろんを明確にし、言うべきことは卒直に語り、対談を実りある方向に導いてくれた。
 その決意のほどは、文庫本の締めくくりとなった次の発言に現れている。

〈伊東 この座談会が始まったわずか二年半前と比べても、世界の様相は一変しています。(中略)そうした状況下で歴史に学び、日本国と日本人はどうあるべきかを考えるのが、歴史を扱う者に課せられた使命だと思います〉

『家康謀殺』は、おけはざの戦いから大坂の陣までを背景として、その中で生きた者たちを主人公にした短編六編と、新たに書き下ろした一編で構成されている。
 それぞれに伊東らしい人間把握とストーリー展開の妙が織り込まれているが、中心となるテーマは苦難の中で生きる者たちの身の処し方である。
 戦国乱世の中で生き抜こうとした武将たちには、想像を絶する苦難が次々と襲いかかってくる。その中で何を指針とし、命と家族、一門と主家を守るためにどんな決断をしたのか。
 伊東はそれを見据えようと、さまざまな状況に主人公たちをたたき込み、小説的な状況を作り出すことで思考実験をしている。善人は善人なりに、悪人は悪人なりに懸命に生き、それぞれのごうを背負った結末にたどり着く。
「雑説扱い難く候」では、桶狭間の合戦の時に今川義元の居場所をつかむ功を上げたやなひろまさが登場する。
 彼はどうやってその情報をつかみ、その後どのような末路をたどったかを、広正に裏切られた主人公の立場から描いている。
「上意に候」は、秀吉の上意にほんろうされた関白秀次の物語である。
 彼は叔父である秀吉の出世のために利用され、関白にまでなったものの、秀頼が誕生したことで邪魔者扱いされ、高野山にちつきよした後に切腹を命じられる。
 その史実の背後にどんな陰謀と人間的なドラマがあったのか、伊東はどうさつ鋭く描き出していく。
「秀吉の刺客」は、朝鮮水軍の名将スンシンを暗殺するために、秀吉からこうとなって敵中にもぐり込むように命じられた根来の鉄砲撃ちの物語である。
 この発想はしゆういつであり、李舜臣の人柄にかれていった鉄砲撃ちの最後の決断にも胸を打たれる。戦の渦中にある人間の生き様を描き出すことで、平和と友好のためには相互理解が何より大切だと教えてくれる。
かんせい」は、関ケ原の合戦の際に南宮山に布陣し、ひそかに家康と和議を結ぶことで毛利家の存続をはかろうとした吉川広家の物語である。
 毛利家も決して一枚岩ではない。秀吉から大名に取り立てられた安国寺けいは、石田三成と結託して主君輝元を大坂方につかせようとするし、輝元には彼なりの立場と考え方がある。
 こうした分裂状態に付け込んで広家を身方に取り込もうとする家康の調略もあり、物語は現代の企業乗っ取りをほう彿ふつさせる複雑な状況を呈してくる。
 これは長編にするべき素晴しい企画と構想で、伊東がいつの日か陰謀渦巻く大スペクタクルとして関ケ原の戦いを描いてくれるよう願っている。
「家康謀殺」は、敵として内通している者を見つけ出すために、家康の輿こしをかつぐ輿ちようになりすましているの吉蔵の物語。
 彼はある時、五人の輿丁の中に豊臣家の刺客がまぎれ込んでいるので、見つけ出して家康の無事を図るように命じられる。時は大坂の陣の直前。かくて家康の輿をかつぎ、江戸から大坂に向かう吉蔵の旅が始まる。
「大忠の男」は、大坂の陣に際して豊臣家と秀頼を守ろうとした速水守久の最後の決断が描かれている。
 絶望的な状況を打開するには、京を火の海にして家康か秀忠を討ち取るしかない。古田織部から献策を受けた守久は、はたしてそれが秀吉の遺志に添ったことだろうかと思い悩んだ末に、ある行動に出る。
 今回新たに加えられた「ルシファー・ストーン」には、ヴァティカンの密命をはたすために来日した異端審問官のヨハン・デル・パーロが登場する。
 世界を亡ぼす力を持つというルシファー・ストーン(悪魔の石)。信長の手に渡ったというその石を、どうやって取り返すかをめぐって、まるで映画『インディ・ジョーンズ』のような物語が展開する。
 以上七編、伊東の構想力の自在さと、歴史や人間に対する洞察力の鋭さがふんだんに盛り込まれた、実り豊かな短編集である。
 しかも、歴史の流れに添っていて、桶狭間の戦いから大坂の陣までを無理なく理解できるように工夫されているし、大坂の陣で秀頼に殉じた速水守久の「大忠」を描いたところにも、こうこつかん伊東潤の意志と願いが込められているように思えてならない。
 ともあれ伊東はこれから円熟期を迎え、数々の名作をじようして歴史時代小説界をけんいんしていくだろう。これまでも作品のスケールの大きさには目を見張るものがあったが、これからは練達の筆がそのスケールを支え、手応え豊かな物語をつむいでくれるにちがいない。
 私も同じ世界に住む同志(兼ライバル)として、けんさんをおこたらないようにしたい。

作品紹介・あらすじ
伊東 潤『家康謀殺』



家康謀殺
著者 伊東 潤
定価: 968円(本体880円+税)
発売日:2022年02月22日

情報戦を勝ち抜き、戦国の世を生き延びろ! 臨場感MAXの戦国時代小説
天下の簒奪さんだつを企む徳川家康は、豊臣家を滅ぼすべく大坂城攻略に乗り出した。出陣の前日、伊賀者の吉蔵は警固隊長から、輿かきの中に刺客が紛れ込んでいると知らされる。大御所様の命は、そなたに懸かっている。吉蔵は紛れ込んだ刺客を見破り、家康を守り抜くことができるのか。桶狭間から大坂の陣まで、手に汗握る情報戦を網羅した、鬼気迫る合戦連作集。悪魔の石を巡る攻防を描いた短編「ルシファー・ストーン」特別収録!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322106000594/
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