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レビュー

女警の真実――古野まほろ『女警』文庫巻末解説

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

古野まほろ『女警



古野まほろ『女警』文庫巻末解説

解説 女警の真実

青木 千恵(書評家)  

 この物語の舞台となるA県に、大都市といえる街は県都のみ。A県警のとよしろ警察署が管轄する豊白市は、人口一〇万人ほどの地方都市だ。定員一五〇人に満たない豊白署の内輪で、女警による上官射殺事件が発生する。
 春の宵、JR駅の近くで発砲音が鳴った。〈けんじゆうの発砲音とおぼしき異常な音を二度、聴いた〉〈なお二度の音の間に。一分程度の間隔がある〉という通報で、パトカーが急行する。鈍行しか停まらない駅の周辺はのどかで、異変はなかった。駅前の交番を訪ねた二人の警察官は、頭を銃弾で吹っ飛ばされた遺体を発見する。遺体は交番のハコ長、ねんたけし警部補だった。部下の女警、あおさき百合ゆり巡査の姿はない。殺人。警察官の受傷事故。警察官の殉職。警察官のしつそう。拳銃、警察手帳、無線機の亡失。後に言う〈豊白警察署牟礼駅前交番・警部補射殺事件〉の発生に、県警本部はしんかんする。
 物語の主人公、ひめかわ警視は、重大事案の発生を知って深夜の県警に出仕する。人事や組織を握る〈警務部〉の監察官室長を務める理代は、二八歳の警察キャリアだ。府県警察を渡り歩き、本庁の激務に耐えた理代は、二箇月前に着任したA県警本部ですでに有名人だ。県警初の女性所属長、県警初の女性監察官室長、県警史上二人目の女性キャリア。「男社会」の警察組織において、女性の幹部は珍しいのだ。〈着任二箇月の二〇歳代女性の上官など、警察においては著しいバグであり異物である〉。「上」にび「下」をイビる警務部長、みち警視正のせいをあび、の外に置かれた理代は、『青崎巡査の能力不足、年野警部補のパワハラ、セクハラ』による直情的な上官殺しとして、二三歳の女警に責任を負わせる県警の〝ストーリー〟に疑問を抱く。上級幹部たちの異様な切迫感にも気づき、自ら調査に乗り出していく──。

 男社会で働く女性たちの、声にならないかつとうを描いた警察小説である。元警察官僚の著者、ふるまほろさんによる、警察内部の「詳細なディテール」にまず目を見張る。巨大な警察組織の内側をかい見られるのは面白いし、熟知する古野さんだから創り上げられた物語だと思う。
 例えば事件の発生現場は、一日あたり二名の運用を認められた「ミニマム交番」だ。〈寂しい交番だ。立地も寂しいが、建物が何とも物悲しい〉。勤務する二名のうち、一名が被害者、一名が被疑者となったのが本書の事件で、内部事情を知るからこそ生まれた着想だと思う。知る人ぞ知るディテールが描きこまれ、それが物語と連動する展開を楽しめる。射殺された年野警部補は五三歳で、知能犯捜査のエースだった。スキルと才能を持つ刑事だったが二年前、ミニマム交番に〝流された〟。一方、青崎巡査は、やる気と性根のある若手として将来を嘱望される、実務一年目の女警だった。交番で何が起きたのか。
 次に、優れた「組織小説」であるのも本書の魅力だ。全国を網羅する巨大組織、警察の独特のシステムと、そこで働く人たちの葛藤が読める。犯罪とたいする警察といえど、そこにいるのは「人間」だ。〈キャリア。Ⅱ種。推薦組。地元ノンキャリア──警察の権力構造というのも、なかなかに複雑だ。そして複雑な権力構造あるところ、隠微な陰謀の花が咲く、必ず〉。スタート時点から「階級」が存在し、県警ノンキャリアから本庁に引き抜かれた「推薦組」は、年齢やそれまでの経験を考慮されずにイジメられることがある。〈偉いキャリアが、キャリアもⅡ種も推薦組もイジメる〉〈権力の強い者から、弱い者に対して行われる。そのあたり、民間と何の変わりもない。ハラスメントの本質は、弱い者イジメである〉。世相が映し出され、読者に近しい「組織小説」となっている。
 そして何より、「ジェンダー(性差)とセックス(性)」に焦点を当てた警察小説であることが、本書の一番の特色だ。折しもA県警では、半年前に着任したふかぬまルミ県警本部長による〈女性の視点を一層反映した警察づくり〉が進められていた。理代も〈女性視点反映プロジェクトチーム〉や〈県下警察官女子会〉に参加していたが、駅前交番の事件をきっかけに女警たちと「言葉」を交わし、実際の現場の「生きづらさ」を知る。
 青崎巡査について聞くために、理代はまず男社会の県警で〝ガラスの天井〟を破った最初の女性、五二歳のはる警視に会う。晴海は、射殺された年野警部補を『警察一家の男』だと形容し、家父長制に基づく上下意識の存在を指摘する。〈男は誰もが家長で、女は誰もがその娘です〉。〈失礼ですが、姫川室長は、警部補から警察人生を始めたのですよね?〉と切り出したうえでこう言う。〈私は警察一家の保護者意識にも、男女の上下意識にもはんぎやくするために、過剰に『警察一家の男になること』を選んだ。そしてもう人生の先は見えている。今更それ以外のになれはしない〉。晴海の配慮で、理代は四〇代、二〇代の女警にも出会っていく。
 ジェンダーとセックスを描くにあたり、①被疑者と同年代の二〇代女性キャリアを主人公に据える、②理代が出会う人々の年代と属性を多様に配置している点は、本書のポイントだと思う。女警のみならず、男性警察官の人生にも、理代は触れていく。同じ警察官でも一人ひとり違っていて、組織のなかで葛藤を抱えている。若い理代の視点を軸にして、事件と組織のぜんぼうをフラットに、かつ広範囲にとらえ、そのうえで「ジェンダーとセックス」のありようが浮かび上がるのだ。警察が特殊な巨大組織だからこそ、描き出された世界を読者は客観的に見て考えられるし、組織や人物に共通項をいだせる。
 女性の私は、女警たちの話に引き寄せられた。男女雇用機会均等法が施行された一九八六年に新聞社に入った私は、二〇〇五年に退社してからフリーランスで働いている。三〇年余を振り返ると、「女はだめだ」と二〇世紀終わり頃に言われたり、「女性」であるがゆえの出来事に遭った。〝ガラスの天井〟を見上げずとも、個人と個人を分断する〝ガラスの壁〟があちこちにあると感じたが、今はどうだろうか。本書で、二〇代のあらしあきら巡査はこう言っている。〈今、逆に、女にとってもっと生きづらい会社になりつつある……のかも知れません。少なくとも私は、生きづらさを感じます。何かの病気で独り窒息しかけているのに、周りは全く平穏無事な別の宇宙。そんな陰湿な息苦しさを感じます〉。
 スイスの非営利財団、世界経済フォーラムが各国の男女格差を数値化する「ジェンダー・ギャップ指数2021」によると、日本の順位は一五六箇国中一二〇位と男女の格差が大きく、先進国のなかで最低レベルとなっている。特に「政治」と「経済」の分野で世界に後れをとっている。国会議員の女性割合は一割に満たず(政治)、女性の平均所得は男性より四三・七%低い(経済)。
 本書で事件を起こした青崎巡査は、母子家庭で育ち、高校のときに母を亡くした。苦学して大学に進学し、すぐに自立したくて公務員を志した。この社会を生きていこうとした「女警」の姿と事件の真相が、物語を通して明らかになっていく。ちなみに日本で女性警察官が初めて採用されたのは一九四六年のことで、日本女性が初めて参政権を行使したのもこの年だ。先人に道を開いてもらい、七〇年以上かけて進んできた歩みを抑圧し、士気をそぎ、むしろ後退させるものの正体は何なのだろう。本書は、古野さんから読者への問題提起になっている。

 生まれるのが三〇年遅かったら。
 あるいは、一〇〇年早かったら。
 本書を読みながら、そう思った。生まれるのが三〇年遅かったら、まだ二〇代の理代や嵐巡査のように、これからの人生をどう生きていくか、悩んでいるだろう(今も不安だが、二〇代には戻れない)。
 逆に、生まれるのが一〇〇年早かったら、参政権さえ持てずにいるのだろう。
 もう少し前に進みたい。みんなで。
 正義感が強くて、前向き。将来有望な「女警」を追い詰めたものは何か──。
 本書を読んで、あなたはどう思うだろうか。

作品紹介



女警
著者 古野 まほろ
定価: 968円(本体880円+税)
発売日:2021年12月21日

彼女を追い詰めたものは何か――。組織の中で闘う女性警察官の真実。
23歳の女性巡査が男性上官を射殺し、拳銃を持ったままミニパトで逃走、行方不明となった。最大級の警察不祥事による混乱の中、監察官室長・理代は、上級幹部の不可解な焦燥感に気づく。交番勤務の警部補と、実務1年目の女性巡査の間に、一体何があったのか? パワハラ、セクハラ、ハードな泊まり勤務にキャリア・ノンキャリアの対立――果たして真相は。不条理な組織に生きる男女の現実を直視した一気読み警察小説。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322104000287/
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