角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
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古野まほろ『女警』
古野まほろ『女警』文庫巻末解説
解説 女警の真実
青木 千恵(書評家)
この物語の舞台となるA県に、大都市といえる街は県都のみ。A県警の
春の宵、JR
物語の主人公、
男社会で働く女性たちの、声にならない
例えば事件の発生現場は、一日あたり二名の運用を認められた「ミニマム交番」だ。〈寂しい交番だ。立地も寂しいが、建物が何とも物悲しい〉。勤務する二名のうち、一名が被害者、一名が被疑者となったのが本書の事件で、内部事情を知るからこそ生まれた着想だと思う。知る人ぞ知るディテールが描きこまれ、それが物語と連動する展開を楽しめる。射殺された年野警部補は五三歳で、知能犯捜査のエースだった。スキルと才能を持つ刑事だったが二年前、ミニマム交番に〝流された〟。一方、青崎巡査は、やる気と性根のある若手として将来を嘱望される、実務一年目の女警だった。交番で何が起きたのか。
次に、優れた「組織小説」であるのも本書の魅力だ。全国を網羅する巨大組織、警察の独特のシステムと、そこで働く人たちの葛藤が読める。犯罪と
そして何より、「ジェンダー(性差)とセックス(性)」に焦点を当てた警察小説であることが、本書の一番の特色だ。折しもA県警では、半年前に着任した
青崎巡査について聞くために、理代はまず男社会の県警で〝ガラスの天井〟を破った最初の女性、五二歳の
ジェンダーとセックスを描くにあたり、①被疑者と同年代の二〇代女性キャリアを主人公に据える、②理代が出会う人々の年代と属性を多様に配置している点は、本書のポイントだと思う。女警のみならず、男性警察官の人生にも、理代は触れていく。同じ警察官でも一人ひとり違っていて、組織のなかで葛藤を抱えている。若い理代の視点を軸にして、事件と組織の
女性の私は、女警たちの話に引き寄せられた。男女雇用機会均等法が施行された一九八六年に新聞社に入った私は、二〇〇五年に退社してからフリーランスで働いている。三〇年余を振り返ると、「女はだめだ」と二〇世紀終わり頃に言われたり、「女性」であるがゆえの出来事に遭った。〝ガラスの天井〟を見上げずとも、個人と個人を分断する〝ガラスの壁〟があちこちにあると感じたが、今はどうだろうか。本書で、二〇代の
スイスの非営利財団、世界経済フォーラムが各国の男女格差を数値化する「ジェンダー・ギャップ指数2021」によると、日本の順位は一五六箇国中一二〇位と男女の格差が大きく、先進国のなかで最低レベルとなっている。特に「政治」と「経済」の分野で世界に後れをとっている。国会議員の女性割合は一割に満たず(政治)、女性の平均所得は男性より四三・七%低い(経済)。
本書で事件を起こした青崎巡査は、母子家庭で育ち、高校のときに母を亡くした。苦学して大学に進学し、すぐに自立したくて公務員を志した。この社会を生きていこうとした「女警」の姿と事件の真相が、物語を通して明らかになっていく。ちなみに日本で女性警察官が初めて採用されたのは一九四六年のことで、日本女性が初めて参政権を行使したのもこの年だ。先人に道を開いてもらい、七〇年以上かけて進んできた歩みを抑圧し、士気をそぎ、むしろ後退させるものの正体は何なのだろう。本書は、古野さんから読者への問題提起になっている。
生まれるのが三〇年遅かったら。
あるいは、一〇〇年早かったら。
本書を読みながら、そう思った。生まれるのが三〇年遅かったら、まだ二〇代の理代や嵐巡査のように、これからの人生をどう生きていくか、悩んでいるだろう(今も不安だが、二〇代には戻れない)。
逆に、生まれるのが一〇〇年早かったら、参政権さえ持てずにいるのだろう。
もう少し前に進みたい。みんなで。
正義感が強くて、前向き。将来有望な「女警」を追い詰めたものは何か──。
本書を読んで、あなたはどう思うだろうか。
作品紹介
女警
著者 古野 まほろ
定価: 968円(本体880円+税)
発売日:2021年12月21日
彼女を追い詰めたものは何か――。組織の中で闘う女性警察官の真実。
23歳の女性巡査が男性上官を射殺し、拳銃を持ったままミニパトで逃走、行方不明となった。最大級の警察不祥事による混乱の中、監察官室長・理代は、上級幹部の不可解な焦燥感に気づく。交番勤務の警部補と、実務1年目の女性巡査の間に、一体何があったのか? パワハラ、セクハラ、ハードな泊まり勤務にキャリア・ノンキャリアの対立――果たして真相は。不条理な組織に生きる男女の現実を直視した一気読み警察小説。
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