文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
『いのちを守る 医療時代小説傑作選』文庫巻末解説
解 説
まず次の文章を読んで欲しい。
「私は、長年自分の仕事も投げうち、家産も投じて必死の覚悟でこの種痘法に努力して参りました。それは、また年が明ければ多くの嬰児が天然痘で死ぬことがあきらかで見るに忍びがたいからです。この上は、もはや藩などのお世話になどはなりませぬ。必ず自分の力だけでやりとげて見せます」
現在、新型コロナウイルスが猛威を振るい、日常生活が一変し、平常時にはなかった様々な現象が起きている。中でも注目されるのが、医療に携わる人々の、犠牲を強いられながらも、命を守るために日夜闘う姿である。
歴史を振り返ることに意味があるとしたら、志と精神の連続性及び知恵の集積であろう。笠原良策の言葉はその象徴といえる。本書はそういった時代を鑑み、江戸時代の〈命を守る〉ために様々な分野で活躍した医師の姿を集めてみた。
「衣替え」 山本一力
山本一力『たすけ
まだ十二歳だというのに、さゆりは身体中が黒い体毛でおおわれるという奇病を患っていた。なかでも下半部の恥毛は、男の
作者は治療法で苦戦する染谷よりも、治療に耐える
「女牢」 藤沢周平
藤沢周平の人気シリーズ「獄医立花登手控え」の第一巻『春秋の檻』からの一編である。物語の発端を紹介しておくと、羽後亀田藩出身の若い医師立花登は、医師として大成する志を持って、江戸で開業している叔父の家に身を寄せる。ところが頼りにしていた叔父は酒に
第一に、命を守ることを志した青年医師の成長物語としたこと。第二は、獄医という立場で訳ありの囚人たちが抱える様々な事件と出会うことで、人生修業をすること。第三は、登は起倒流柔術の達人で、推理能力にも
中でも「女牢」は異色の作品となっている。三年前に診察した男の女房が
つまり、前掲の設定に加えて、登の人妻に寄せる思いが切なさを伴って迫ってくる。まさに名人芸である。
「名医」 宇江佐真理
作者には八丁堀の役人と組んで死人の検死ばかりを行っていた医師を描いた『室の梅 おろく医者覚え帖』があるが、ここでは『口入れ屋おふく 昨日みた夢』に収録されている「名医」を選んだ。理由は後程述べる。題名の口入れ屋とは現在の人材派遣業である。おふくは口入れ屋・きまり屋の番頭の娘で、店の手伝いをしているが、
そこで「名医」だが、おふくの新しい派遣先は、近所の町医者・岸田玄桂の家となった。玄桂の母・玉江が
ところが玄桂の人柄に触れるに従い、閑古鳥が鳴いている背後にある、命を守ることと
「
「藍染袴お匙帖シリーズ」は、「隅田川御用帳シリーズ」、「橋廻り同心・平七郎控シリーズ」に続く、三本目のシリーズで、前二作と同様、画期的な成功を収めた。要因は設定の巧さにある。「隅田川御用帳」では深川に縁切り寺があったという意表突く舞台装置を設定。「橋廻り同心・平七郎控」では人生の縮図でもある橋をモチーフと使い、平七郎を橋
「藍染袴お匙帖」では主人公・千鶴を医者と設定。これだけでは新味に乏しい。千鶴の人物像に境遇と住家や町に対する愛着を付加することで独自性を持たせている。その象徴が藍染袴である。医学館の教授方であった亡き父の遺志を継いで女医者となった千鶴は治療院で治療するだけではなく、
「蜻火」は新シリーズの第一弾ということもあって、作者の気合を感じさせる凝った造りとなっている。特に出だしの場面は秀逸の一言に尽きる。藍染袴の由来や家の佇まいを描いているのだが、千鶴の医者としての決意と、志の高さがひしひしと伝わってくる。特筆すべきは、千鶴が持ち込まれた白骨死体の顔の復元をする
「かさぶた宗建」渡辺淳一
作者の歴史時代小説は独特の
「かさぶた宗建」もそんな特徴が色濃く出た作品となっている。短編であらすじを書くのは興を
作品紹介
いのちを守る 医療時代小説傑作選
著者 藤沢周平 宇江佐真理 藤原緋沙子 山本一力 渡辺淳一
編者 菊池仁
定価: 836円(本体760円+税)
病と闘い、人を癒やす。江戸の医者たちを題材にした、傑作短編集!
藤沢周平、山本一力他、人気作家が勢揃い!鍼灸師、獄医、女医者……。確かな技術と信念で患者と向き合った、江戸の医者たちの奮闘を描く。読む人の心を癒やす、まったく新しい時代小説アンソロジー。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322010000469/
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