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レビュー

迷い込んだ宿には、美味しいごはんと、不思議な従業員が待っていた――。――『山亭ミアキス』古内一絵 文庫巻末解説【解説:平埜生成】

「マカン・マラン」シリーズの著者が描く、愛と涙の物語。
『山亭ミアキス』古内一絵

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。



『山亭ミアキス』文庫巻末解説

解説
ひら なり(俳優)   


 ねえ、どの話が好きだった?

 私は同じ本を読んだ友人にそう語りかけたい。もちろん、すぐに答える必要はない。一度、大きく伸びをして、リフレッシュしてから教えて欲しい。この後、学校・仕事が控えていたら、帰りの道すがら、ボンヤリ思い返すのも乙だと思う。この本にピッタリの紅茶と甘いクッキーを用意してから考えてみる、なんてのも最高だ。ともかく、目を閉じて、ゆっくりと呼吸しながら、もう一度この本の世界に戻ってみたい。

 物語は地方都市の巨大な平面駐車場に植えられた、一本のくすのきの上にいる黒猫の視点から始まった。そこで猫は、偶然か必然か、ある少女の命が失われる瞬間を目撃してしまう。そして少女のひとみに映る青く澄んだ湖をじっと見つめていると、次第に物語の舞台は湖のそばにたたずむ「さんていミアキス」へと変わっていく──。
 山亭を経営するのは、人間の姿に化けた猫たちだ。つややかな黒髪のオーナーをはじめ、個性豊かな従業員たちが働いている。そこへ訪れる迷いを抱えた人間たち。彼らはハラスメントや貧困、差別、ブラック労働にジェンダー問題と、さまざまな理由で苦しんでいた。
 しかし、猫たちは彼らの悩みを解決するわけではない。彼らに猫の伝説を語り、ぜいたくな料理を振る舞い、しまいには精気を吸い取ってしまうのだ。そうして五篇の物語は、いつしか奇妙に絡み合っていく。
 印象的な場面や人物、動物たちが頭に浮かぶことも多かった。
 ヨーロッパ建築を思わせるお屋敷のような山亭。まるで本物の香りが漂ってくるかのようなアイルランド料理の数々。青く光る幽玄な湖。湖畔に立つ小さな女の子に、象徴的な猫ちゃんたち。黒猫をはじめ、水色と金色のオッドアイをもつ白猫。丸々としたあいきようのある三毛や、若くてやんちゃな茶虎──。

 ふるうちさんが描く世界は、いつも強烈なインパクトを私の心に残してきた。個人的な話で申し訳ないが、私が初めて出会った古内作品は『風の向こうへ駆け抜けろ』という女性騎手の成長を描いた物語だった。衝撃を受けた。物語や作品のテーマに感動したのはもちろんなのだが、とにかく驚いたのは、まるで映像作品を見せられているかのようなリアルな描写にある。実在するわけではないのに作中に描かれる競走馬「フィッシュアイズ」が私の頭の中に、たしかに現れたのだ!
 気性が荒く、顔だけが白く染まった不思議なあお鹿。そして、闘争心が宿る印象的なあおじろい眼……。
 いやいや、私なんぞの表現力では伝えきれないので、是非とも読んで欲しいのだが、とにかく古内作品は「現実」として私の目の前に迫ってくるのだ。実際、私は馬が大好きになり(競馬場にはまだ行けていないが)、動物園に馬を見に行ったり、エサやりや乗馬体験をするようになった。
 本を読んでいるとは思えないほどクッキリとした映像が脳内再生されるのは、古内作品の魅力の一つだろう。本作でも、そんな古内さんの筆力は遺憾無く発揮されている。だって、パンガーさんが作るアイルランド料理の数々に、えきせんがキュッと刺激されたでしょう?
 案の定というべきか、『風の向こうへ駆け抜けろ』は、二〇二一年にテレビドラマとして映像化された。初の古内作品の映像化だ。ほらね、と自慢したくなった。それほどまでに古内さんの作品は、フルハイビジョンで私たちの想像力を刺激してくれるのだ!

 ……なんだかここまで偉そうに語ってしまったので、ここで注意書きとでもいうか、正直に白状してしまうが、お察しの通り、私は物書きでもなければ評論家でもない。ただの古内かずファンであり、今、まさに本書を読み終えたあなたと同じ読者の一人である。
 さらに恥を忍んで申し上げれば……、私は東京でしがない「俳優」をしている。もっとこき下ろすならば「売れない役者A」にすぎない。もちろん、ドラマ『風の向こうへ駆け抜けろ』には出演していない。情けない話だが、その程度の人間なのだ。だから私の意見など真に受けないで「同じ小説を読んだ友人の感想」というくらいの軽い気持ちで読んでくださいね。

 さて。「解説」という貴重なご縁をいただき、私は何度も本作を読み返し、過去の古内作品も読みあさったのだが、本作はこれまでの古内作品の中でも、特に強く著者の声が聞こえてくるように思われた。
 印象に残った言葉がある。

“助けたいのはお前ではない。声なき小さな者だ。”

 これは湖畔に立つ少女の魂を救おうとする黒猫のセリフだ。ここでの「声なき小さな者」というのは、少女のことを指している。とても胸にくる場面だった。
 だが、果たしてこのセリフ、少女のことを指しているのだろうか……。
 私には、このセリフこそが著者の「叫び」に聞こえたのだ。
 考えてみると、これまでの古内作品は全て「声なき小さな者」たちにフォーカスしてきたように思われる。それはデビュー作『銀色のマーメイド』で「周囲から孤立する水泳部員たち」を描いたときから一貫していて、本作も例にもれることはない。
 たとえば、本作で何度「仕方がない」という言葉が使われているか、ぜひ振り返ってみて欲しい。仕方がないから眼をつぶったり、ナニカを確実にすり減らしたりしながら、本当に言いたいことを言葉にすることができない者たちがたくさん出てきたはずだ。
 古内さんは、そんな「声なき小さな者」たちの声を巧みにすくい上げ、優しい光をふりそそいできた……のだが、本作はまた少し違ったテイストになっている。ストレートに表現するならば、読んでいて怖かったのだ。「いつもの古内さんはどこ!?」と鼻水が出そうになるほど、私には震える読書体験になった。
 それは「猫」の存在が大きく影響しているように思われる。強烈な存在感を放ちながらも、ある一定の距離感で迫ってくる猫たちに、誰もが恐怖を覚えたことだろう。
 猫の視点だったからこそ、これまでよりもスパイシーに登場人物たちを激励したのかもしれない。ときにトラウマになるほどの体験をさせながら、人間たちに「気付かせた」のだ。自立した一歩を踏み出せるように。彼らに現実と責任を背負わせていった。
 とはいえ、やはり根底には古内さんの優しいまなしが存在していたことにホッとした。どの物語も最後には登場人物たちの背中を押して、ピリオドを打ってくれたのだから。
「声なき小さな者」たちは、世間一般の価値判断に左右されない「自分で作り上げた倫理観」という〈ツルハシ〉を手に入れた。も、きよも、も、けんも、そのも。みな、それぞれのツルハシを手に、この先の人生を切り開いていくはずだ。
 そして、そのツルハシは、読者である我々にも手渡されているのかもしれない。
 共に読書の旅を終えた今、私たちはどんなツルハシを手にしているのか……。
 考えさせられるものがある。
 やはり、古内作品は「現実」として迫ってくる。

 ああ、面白かった!

作品紹介・あらすじ



山亭ミアキス
著 者:古内 一絵
発売日:2024年01月23日

迷い込んだ宿には、美味しいごはんと、不思議な従業員が待っていた――。
日常から逃げ出したいあなたへ――

心に悩みを抱える人が迷い込む、森の中の不思議な宿「山亭ミアキス」。超絶美形のオーナーに不思議な従業員、ロビーでは暖炉が赤々と燃え、食事は絶品のアイルランド料理。しかし、泊まると間違いなく酷い目に遭わされる。ブラック部活に疲弊する少年、マタハラに悩む女性など、今日も救いを求める者がたどり着く。人をたぶらかす、謎めいた彼らの正体と目的とは――? 「マカン・マラン」シリーズの著者が描く、愛と涙の物語。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322212000525/
amazonページはこちら


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