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レビュー

特別じゃないと気づいていた。でも、なれると信じたかった――『星影のステラ』林真理子 文庫巻末解説【解説:田辺聖子】

自分の見える世界がすべてだと思っていた――あの頃の私がそこにいる。
『星影のステラ』林真理子

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。



『星影のステラ』文庫巻末解説

解説
なべ せい  

 私の座右の書の一つに、林真理子さんの「ルンルンを買っておうちに帰ろう」がある。
 周知のようにこれは昭和五十七年十一月に出て(主婦の友社刊)爆発的なベストセラーとなり、ずいぶん版を重ねて、林さんを一躍有名にした本である。
 林さんはコピーライターであられたようだが──ようだが、というのは、私はその方面にくわしくないので、林さんがどんなに有能でキャリアのあるコピーライターなのか、よく存じ上げないのだ──この「ルンルンを買っておうちに帰ろう」を読むと、まことに由緒正しき、というような小説家の背骨を持っていられるのがわかる。
 コピーライターの才気とは別に、物書きの眼、物書きのひんしつが躍動しているのが見てとれる。いささかの器用さでエッセーをものしたというものではない。元来が、林さんには骨太な、「作家の骨格」があるのだ。
 自分をみつめる眼。自分をわらい、自分をはかり、人間の車間距離を目測し、人間の卑しさと優しさを見据える眼。優越感と劣等感の間を揺れ動く青春を見きわめる眼。
 青春を見きわめるというのは、すぎゆく時間、歳月を見据えることである。人は、人間と歳月のかかわりを見たとき、あるものをつかむ。
 林さんは天成の資質でその「あるもの」をつかんだ人であって、しかもそれが発揚するところ、軽やかで鋭い。決してぶざまに重くない。
 ほんとうに、現代が生んだ感覚の旗手という気がする。「ルンルンを買っておうちに帰ろう」では、どれだけ笑わされ、楽しませられたか、わからない。いや、今も机のすぐ右手の本棚に置いて、心えたときはちょいと取り出し、どのページでもいい、読んでいるとげらげら笑い出して憂さは晴れてしまう。ただ困るのは読み出すとやめられないところで、ついついまた読み返してしまう、ということになる。今までの女のひとの書くものになかった、底ぬけの向日性、コンプレックスを香辛料にしたおいしい味つけがあり、まさに新しい才能の開花を思わせる。都会文化と田舎文化、美女対醜女、男、女、金、成功、欲望……それらをちりばめ縫いつけて、林さんは天馬空を駈ける感じで一気に軽やかな衣を縫い上げた。
 その才能が小説仕立てになったとき、どんな出来栄えになるか、まさに世間は、フランソワーズ・サガン風にいえば「機関銃を持って待ち構えた」のであった。エッセーで成功した人が、小説でも成功するというのはむつかしい。
 しかし林さんは小説デビュー作「星影のステラ」で美事にその才能を立証した。ここでは「ルンルン……」のじようぜつのかわりに、乾いて明晣で透明な文体が採用されている。声のトーンは低く、しかし隅々までよく透る、そんな文章の雰囲気である。
 林さんは一作ずつに、かなり文体に凝る人であって、どんなに何気なさそうにみえていても、緻密な配慮がそこに働いている。小説宇宙は、林さんがハッと息を吹きかけると、たちまちその色に染まるのである。
 ここではその才気は注意ぶかくひそめられ、一見、おずおずと書かれているが、抑えかねる鋭い感性が、ちらちらとのぞく、というていである。
 林さんが山梨県出身ということは、都会を描写する一つの足がかりを与えたようである。都会文化への讃仰や憧憬を、じつにうまく手玉に取って、都会生活者の虚偽とニセモノ性を暴いていく。
 この小説のステラも、たいそうリアリティがあって、その描写のうまさは、林さんを、
 ──ただものではない──
 と思わせるところがある。ステラが主人公のフミコの目から見て次第に変貌を遂げ(それは化けの皮がはがれるというより、フミコ自身がオトナになった結果、というようなもの)てゆくあたりの、おかしさというのも、上質のユーモアである。
「だいだい色の海」はこれは構成も手がこんできて、林さんが天成の物語作家であることを思わせる。文章はいよいよ磨かれ、シンプルになり、硬質のかがやきを帯びる。
 この小説は、林さんの、
「悲しみよこんにちは」
 だといったら、ご不興を買うだろうか。青春にして人生のてつを知った人間の、絶望と倦怠の物語。
 青春の驕慢とういういしい混迷をあわせもちつつ、主人公の「僕」はひと夏、圧縮された人生を知る。私は林さんをある意味で、日本のフランソワーズ・サガンだと思ったりするのだが、この「だいだい色の海」で、林さんの文学的座標軸が定まったような気がする。
 物語作家というのは日本では育ちにくいのだが、林さんはその点でも稀有の才能といえるのではないだろうか。エッセーという、論理的な操作を必要とする分野も消化こなしながら、片方で、ロマンを歌える人は珍らしく、その点でも、期待できる作家といえよう。
 林さんは結婚願望を逆手にとって、セールスポイントにしていられるところが、人気の要素の一つでもあるが、その足さばきは軽く、すべてを笑いのめす強靱な精神こそ、林さんの真骨頂である。結婚されたら、また、されたで、千変万化の変化球が飛んでくるような気がする。
 すべてをふくめ、従来の女流の枠からはみ出た、大型の奇人変人女流といっていいであろう。
 ただ、林さんファンの読者に報告したいが、実物の林さんは、礼儀正しく、可愛らしく、実に愉快な、明るい女性である。
 おいしそうにゴハンを食べ、しっかり飲み、ぐっすり眠り、朝はパッチリした顔で、
「お早うございまーす!」
 という健康優良児である。そうして食器を洗うのを手伝ってくれたが、力のあるビンビンした声で、くり返しくり返し、
 〽小鳥はとっても 歌が好き!
  母さん呼ぶのも 歌で呼ぶ!
 と台所でうたい、しかもこわれたレコードのようにいつまでもそこを歌う、で、私もホカの人も、一週間ぐらい、その歌の、そこんとこが耳について離れなかったことも、つけ加えてご報告しよう。書かれるものも面白いけれど、実物も、どこがどうということなく、おかしい人である。
 それでいて、チャンとした、礼儀正しい人なのである。
 また、それでいて、目鼻立がなんとも愛くるしく、体格はりっぱな女性ではあるのに向き合う人をして
(面倒を見てあげなくちゃ、いけない。この人は、目が離せなくて、たよりない……何するか、わかりゃしない。自分が面倒見てあげなきゃ、いけないんじゃないか……)
 という気にもならせる人なのである。
 そういう、無垢な部分が、「混迷の青春」を描き切らせるところでもあろう。無垢のまま、文学的成熟度を深める林さんのおおきな面白さを、私たちは期待をもって見守りたいと思う。

※本解説は、一九八六年一月に小社より刊行した文庫『星影のステラ』に収録されたものです。

作品紹介・あらすじ



星影のステラ
著 者:林 真理子
発売日:2024年01月23日

自分の見える世界がすべてだと思っていた――あの頃の私がそこにいる。
「私のことステラって呼んでね」初めて会った日、彼女はそう言った。つくり話のような自慢をする都会的なステラに、田舎から東京に出てきたフミコは憧れと嫉妬を抱きつつ、彼女と一緒に暮らし始めるが……。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322305000328/
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