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レビュー

みんなの不安に巣くう、都会派妖怪の正体に迫る!――『新版 都市空間の怪異』宮田登 文庫巻末解説【解説:小松和彦】

不安より膨れ上がる想像力から、都市の妖怪が生まれた
『新版 都市空間の怪異』宮田登

百物語、境界、都市伝説、大怪獣映画……人いるところに妖怪あり?
民俗学泰斗・宮田登が残した、最後の謎解きとは。
妖怪研究の第一人者・小松和彦氏による書き下ろし解説を特別公開!



『新版 都市空間の怪異』文庫巻末解説

解説
小松和彦(国際日本文化研究センター名誉教授)

 本書は二〇〇〇年に六十三歳という若さで亡くなった宮田登さんの遺作としてその翌年に刊行された原著『都市空間の怪異』に、この度の文庫化にあたって、亡くなる前年に出版された講演記録『都市とフォークロア』を加えて新版として刊行したものである。
 原著刊行の経緯や収録論考の意義については、原著に付した解説に詳しく述べたので繰り返さないが、いずれの書名からもわかるように、数々の著書をものにしてきた宮田さんが最晩年になって最も関心を注いでいたテーマの一つが都市のフォークロアであり、そのなかでも怪異・妖怪に関する事柄であった。
 最近は怪異・妖怪への関心が高まり質の高い関連書籍が次々に刊行されているが、本書は四半世紀も前の本とは思えない示唆に富んだ豊かな内容に満たされている。ようするに、新しい観点からの怪異・妖怪研究の先駆的な一冊となっているといえる。
 宮田さんの民俗学の新鮮さ・独自さを拾い出してみよう。
 第一に指摘したいのは、「都市」の把握である。当時の常識では都市民俗学は農山村民俗学に対峙するものであった。農山村にはない、盛り場、団地、神なき祭りの創出といった対象が都市民俗学の好ましいターゲットとされていた。しかし、宮田さんは「高度情報社会となった現代社会には、都市はもはや限られた空間に限定されなくなっている」、すなわち、農村であれ山村であれ、都市的な生活環境が整った地域では都市のフォークロアが生成・浸透・伝播すると考えていたのである。当時はインターネットの普及は十分でなかったが、現代のインターネット時代の到来を予感したかのような見解である。
 もう一つの特徴は、民俗学という枠にこだわらず、近世史を始めとして人類学や社会学、国文学など、研究に役立つと思われる知識を貪欲に吸収し、新しい観点からの民俗の解釈を試みたところにある。本書も含め宮田さんの著書では、次から次に魅力的な事例が繰り出されている。近世の随筆からの引用もあれば、新聞記事、週刊誌などからの引用もあり、いったいどんな基準で事例を選んでいるのか疑問も抱くが、そんな疑問を気にせずに自分の考える世界を構築していくのである。最近の民俗学は細分化し、宮田さんのような高見から研究を一望しつつ議論を進める研究者が少なくなっている。本書を読めば宮田さんの民俗学の魅力がその博覧強記にあったことを改めて痛感するだろう。
 宮田さんの民俗学の特徴は、前述の高見からの視点とそれを支える幅広い知識にあったが、さらにその営みには民俗学の根本的な課題が脈流していた。それは日本文化の「根っこ」を探り当てることである。その「根っこ」の構成要素はいろいろあるが、宮田さんが若い頃からこだわり続けたのは日本人の霊魂観であった。さらに研究は進んでそうした霊魂観をふまえつつ、社会に滞留する不安を「ケガレ」と見なしそれをいかにして祓はらうかということにも考察を深めていった。個々人の「ケガレ」は、例えば、「旅」や「マラソンなどのスポーツ」「大規模コンサートなどの歌舞への参加」といった「祓い」があった。しかし、現代の変転してやまない世相を「ハレ」「ケガレ」「ケ」といった民俗学の概念で捉え直したところで、それによって「ケガレ」を祓うことができるわけではない。
 現代社会には従来の民俗学の概念では捉えきれない、新しい深刻な「不安」が次々に生まれてきていたのである。
 周知のように、宮田さんのデビュー作は『ミロク信仰の研究』、すなわち民間に流布していた世界の終末のあとに出現する「弥勒世=ユートピア」の研究である。その後も、世界の終末、世直し、弥勒浄土といったテーマを追究し続けた背景には、宮田さんの意識のなかの、個々人の「ケガレ」ではなく、社会に滞留し続ける漠然とした将来への「不安」=「ケガレ」の問題があった。そして、そうした集合的な「不安」の表象として、怪異・妖怪を発見し、その考察へと向かったのである。
 宮田さんの妖怪研究は『妖怪の民俗学』(岩波書店、ちくま学芸文庫)と本書のわずか二冊であって、十分に成熟したものではなかった。しかし、それでも、宮田さんは切実な思いで、妖怪を見つめ、妖怪の声に耳をそばだてていた。そこに未来の「託宣」あるいは「兆し」を読み取ろうとしていたかにみえる。
 宮田さんは、本書第一章の末尾を次のような示唆的な言葉で結んでいる。

 明治三十年以後、百鬼夜行は姿をみせなくなった。暗闇がしだいになくなった生活環境だからといえば当然であるが、しかし近年不思議な現象が語られるようになった。例の「学校の怪談」である。放課後、子供が見かける妖怪が学校中心になっているのは、百鬼夜行の伝統がこちらに移ったのだろうか。妖しのものが姿を現すことを子供世代がいち早く感知しているのだろうか。「移風の兆きざし」が起こる時に童謡が流行するという社会変動の時期にさしかかったのかもしれない。

 四半世紀も昔の文章である。現代では百鬼夜行は学校から抜け出して世間を闊歩している。社会に滞留する「不安」も途方もなく大きくなっている。宮田さんの「予感」は「予言」になったともいえるだろう。妖怪の跋扈が「移風の兆し」であるとすれば、この先にどんな風が吹くというのだろうか。
 宮田さんの本には、たくさんの示唆に富んだ見解や思索の様子が刻み込まれている。今後も宮田さんの主要な本は民俗学の必読書・古典として再評価、再々評価され続けることになるだろう。本書もその一冊なのである。

作品紹介・あらすじ



新版 都市空間の怪異
著 者:宮田 登
発売日:2024年01月23日

みんなの不安に巣くう、都会派妖怪の正体に迫る!
千変万化する妖怪、そのイメージを作り出したのは、不安により膨れ上がる都市住民の想像力であったーー。大通りを闊歩する百鬼夜行、学校の暗闇に潜む女子生徒の幽霊、銀幕を跋扈する大怪獣。人が集まる場所にこそ妖怪あり! 民間伝承から都市伝説まで、江戸から魔都東京まで。時間も空間も乗り越える、遊び心あふれる宮田式妖怪地図を手に、都市怪異譚をたどる旅に出よう。小松和彦による解説「宮田登の妖怪論」収録。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322309001266/
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