組織に生き、事件と隣り合わせの警官たちの生きざま。
『警官の道』
角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
『警官の道』文庫巻末解説
解説
アンソロジーには、編者(アンソロジスト)が、テーマに
本書はタイトルから自明だが「警官」をテーマにという依頼で書き下ろされた、後者のタイプのアンソロジーの文庫化である。はじめに二〇二一年十二月という親本の刊行に留意されたい。これから逆算すると、新型コロナウイルスが
さて本アンソロジーの特徴の第一は、前述したように「警官」に関わる作品であること。
第二がいずれもミステリー新人賞を受賞して本格的にデビューした、およそ十年から二十年というキャリアを持つ作家が選ばれていることだ。最もデビューが早かったのが、
二〇〇四年 深町秋生 第三回『このミステリーがすごい!』大賞
二〇〇八年
二〇〇九年
二〇一一年
二〇一三年
二〇一四年
二〇一五年 呉勝浩 第六十一回江戸川乱歩賞
年齢も四十歳代四人、五十歳代二人、六十歳代一人という具合に、円熟期を迎えようとしている作家ばかりである。さらに日本推理作家協会賞を始めとする各種文学賞を受賞している者も多い。つまりこのメンバーは、常に面白い作品を提供し続けている人気作家であり、これからいくつも文学賞を受賞するであろう、将来を嘱望された作家であり、良きライバル関係にある作家であるのだ。
この企画を依頼され、参加するメンバーを聞いたとき、誰しもが皆に負けない作品を書こうという決意を固めたことであろう。そして各々の意気込みが伝わる素晴らしいアンソロジーになったのだ。
葉真中顕の「上級国民」に登場する警官は、N県警の警備部所属の公安刑事の
作者の頭には、二〇一九年に東京の池袋で起きた暴走事故があったに違いない。十一人も死傷させながら、運転していたのが元高級官僚ということから、後に有罪になったとはいえ、逮捕もされず在宅起訴という処置が下された。それに対して警察や検察に批判が集まったことはニュースなどでご存じだろう。
加害者である〈上級国民〉の対極にいる被害者側のしたたかさが浮かび上がる、二段構えのツイストは切れ味抜群だ。自分の正義感と汚い仕事とのギャップに悩む渡会の性格も、プロットに巧みに生かされている。七編中、もっとも驚かされた作品である。
中山七里の「許されざる者」には、シリーズキャラクターである警視庁捜査一課の
七編中、もっとも現実に則した作品だ。新型コロナウイルスも収まらない中、多くの反対を押し切り強行されたのがあのオリンピックだった。開幕前にもいくつもスキャンダルがあり、終了後は贈賄による逮捕者も出るなど、腐臭が漂った大会だった。
犬養は一枚の写真から手がかりをつかむのだが、そこから浮かび上がる身勝手な強者の
呉勝浩の「Vに捧げる行進」はストレートな警察小説の対極にある異色作だ。この作品もコロナ禍の現在を切り取っている。舞台となるのはコロナ禍による自粛生活が続くどこかの町だ。寂れた商店街のシャッターに、黄色と赤のペンキで円の中にV字を描く落書きがくり返される。現場に駆けつける交番勤務のモルオは、その度に被害者である商店主の怒りの矢面に立つ。
〈自粛警察〉なる言葉を頻繁に耳にしたことも記憶に新しい。犯人の意図はなんであるのか。コロナ禍におけるヒステリックな世相を背景に、七編中もっともシュールな展開が待ち構えている。
深町秋生の「クローゼット」の主人公は、
警察という、多様性を認める職場とはいいがたい組織の中で、ゲイ絡みの事件を追う荻野の苦悩はつのっていく。七編中もっとも、この後の主人公の物語を読んでみたいと思わせる作品だ。
下村敦史の「見えない刃」は、本アンソロジーの中で唯一女性警察官が主人公として登場する作品である。所轄署の刑事
深町作品と同様に、セクハラに
長浦京の「シスター・レイ」は、このアンソロジーのテーマを少し外したオフビートな作品だ。語学教師をしながら、母親の介護をするフランス帰りのバツイチ女性が
本作でもアジア系の外国人に対して差別的な扱いをする警察の実態が描かれる。フィリピン人から〈シスター〉と呼ばれる玲は警察嫌いの一面を持つ。彼女の正体が明らかになったとき、本作がテーマから外れていないことが判明する。七編中もっともアクションシーンと、ヒロインの格好良さに
柚月裕子の「聖」の主人公は、町の中華料理店で出前持ちのバイトをする高校生の
ヤクザに
以上七編からなる〈警官〉がテーマのアンソロジー。ストレートあり、変化球ありの競演をお楽しみいただけただろうか。
また、なじみのない作家がいたら、この出会いをきっかけに各作家の作品に触れてみてはいかがだろうか。それまで知らなかった作家を知り、読書の幅を広げる。それもまたアンソロジーを読む楽しみであり、効能なのであるから。
作品紹介・あらすじ
警官の道
著 者:柚月裕子、呉 勝浩、下村敦史、長浦 京、中山七里、葉真中 顕、深町秋生
発売日:2023年12月22日
組織に生きる者の矜恃。豪華警察小説アンソロジー
「力が必要だ」――母と自分を虐待し別れたろくでなしの父親に復讐するため、暴力団員を目指す聖。中華料理店でアルバイトをしながら、神戸の金坂組のバッジをもらうチャンスを狙う聖は、組に出入りするサングラスをかけた迫力十分の男に弟子入りを懇願する。だが、男は素姓はそのうちわかると言い残し闇の奥へ消えた……(「聖」)。
組織に生き、事件と隣り合わせの警官たちの生きざま。
「孤狼の血」シリーズの柚月裕子、『スワン』『爆弾』で注目の呉勝浩、「刑事犬養隼人」シリーズの中山七里など、ミステリー界を背負う注目作家たちによる、豪華警察小説アンソロジー!
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322305000326/
amazonページはこちら