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レビュー

怪奇小説の帝王がおくる、魔性の短編集――『冥土行進曲』夢野久作 文庫巻末解説【解説:谷口基】

生命が尽きるまでに成し遂げなければならない使命があった。
『冥土行進曲』夢野久作

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
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冥土行進曲』著者:夢野久作



『冥土行進曲』文庫巻末解説

解説
たにぐち もとい

 明治二十年代に海外より移入された探偵小説が、「疑団・そんたく・氷解」(くろいわるいこう「無惨」『小説そう』第一巻、一八八九年九月)という原初の定型を脱し、くるめく多様性を示し得たのは、一九二三(大正十二)年のがわらん登場以来のことだ。殊に、はるか後年乱歩自身が定義した探偵小説の概念──「主として犯罪に関する難解な秘密が、論理的に、徐々に解かれて行く径路の面白さを主眼とする文学」(『幻影城』岩谷書店、一九五一年五月)とは、いささか毛色の異なる傾向の作品群、たとえば「白昼夢」、「人でなしの恋」、「鏡地獄」、「押絵と旅する男」、「目羅博士の不思議な犯罪」等に展開された世界観は、戦前の日本において、海外でも類を見ない探偵小説の〈変態〉をじやつすることとなった。怪奇幻想、メルヘン、変態心理、魔境冒険、科学小説、前衛的なシナリオのたぐいに至るまで、既成文学の枠から逸出した奇想の創作群が探偵小説の名の下に集結し、それらは犯罪事件等に付随する謎が科学的、論理的に解き明かされていく行程を描く「本格探偵小説」に対して、「変格探偵小説」と呼称されたのだ。ここには、謎が合理的に解き明かされていく快感などはない。しかし、現実を相対化する視点を獲得し、非論理の論理にいんする愉悦がある。「変格」とは、〈本格以外のその他〉という意にとどまらず、「本格」とは異なる世界観、すなわち科学や合理主義とは異なる論理によって組み立てられた物語の構造や趣向を総括した概念と考える必要があるのだ。乱歩の試みに続いて、「変格」の領土を拡大していった同時代作家たちには、さかぼくよこみぞせいじようまさゆきおおしたうんじゆうそうそうたる顔ぶれがつらなるが、就中なかんずく、「変格」がはらむ可能性に自らの文学的生命のすべてを託したの作家として、ゆめきゆうさくの名を特記せねばなるまい。
 晩年の随筆「探偵小説の真使命」(『文芸通信』一九三五年八月号)に「探偵小説の真の使命は、その変格に在る」と断じた彼は、以下のように語を継ぐ。「この無良心、無恥な、唯物功利道徳の世界は到る処に探偵趣味のスパークが生む、新しい芸術のオゾン臭が、生々しくれ返つて居る筈だ」。
 遺稿「自己を公有せよ」(『九州日報・夕刊』一九三六年三月二十五日~四月二日)にれば、久作は「自己を公有する本能」、すなわち無私と他者本位の精神を「万有進化の大道」に則した理想と考え、同時代日本の現状が、その対極ともいうべき「科学的唯物文化」に支配されている事を憂慮していた。ゆえに彼の文学世界は「血も涙もない、唯物、功利主義」を助長する科学や合理性と一線を画する異風の論理によって構築され、それは多くの場合、悪しき近代主義を相対化する視座をテクスト上に形成したのである。久作の造形した〈探偵〉は、事件にはいたいする謎を数値や図式に置き換え、可視化していくのではなく、超越的な感覚や至芸のりよう、あるいは脳髄のしんえんから発した「せき」に導かれ、謎そのものと同化していくところに唯一無二の独自性を誇る。この空前の物語世界こそが、唯物論によって駆逐された神秘と伝統に由来する精神遺産と、功利主義を真っ向から否定する反骨の思想とが交差する地平に出現した、夢野久作の変格探偵小説なのである。
 本書に収録された諸作品は、歿ぼつに雑誌掲載された「冥土行進曲」を除き、彼、夢野久作の筆に油が乗りきった一九三二年から一九三四年(昭和七~九年)に至る時期に発表された秀作揃いである。初の新聞小説「犬神博士」の連載(『福岡日日新聞・夕刊』一九三一年九月二十三日~一九三二年一月二十六日)を終え、ひつせいの大作『ドグラ・マグラ』の刊行(一九三五年一月十五日)に向けて照準を合わせ直すと、着々と地歩を固めていった頃合である。各作品について、以下に簡単な解説を付す。
「狂人は笑う」は『文学時代』一九三二年七月号(第四巻第七号)に発表。「青ネクタイ」と「こんろんちや」の二篇より成る。「青ネクタイ」には、前述した〈脳髄の深淵から発した「奇蹟」〉に従い、叔父おじを惨殺するヒロインが描かれる。彼女の行為に、常識を逸脱した狂人の論理を見いだすことはたやすいが、彼女を私宅監置していた叔父をめぐる複数の黒いエピソードが、その判断に迷いを生じさせるだろう。人形の胎内から出たメッセージに促されたヒロインの決起は、その精神領域を律する非論理の論理から導かれた、ふくしゆうであった可能性を、いわゆる正常者たる読者もまた、看過するわけにはいかないからである。
たい」は『探偵クラブ』第八号(一九三三年一月二十六日)に発表。『猟奇』一九二八年十一月号(第一年第六輯)に掲載された「猟奇歌」第四首目が、同作の原型ともいうべき世界を詠んでいる。
あの娘を空屋で殺して置いたのを
誰も知るまい
藍色の空。
 既発表の「猟奇歌」から小説へと変じた作品には、他に「自白心理」(『新青年』昭和六年十月号。加筆後、「冗談に殺す」と改題、一九三三年五月、春陽堂日本小説文庫『冗談に殺す』に収録)がある。
難船S・O・S小僧 BOY」は『新青年』一九三四年三月号(第十五巻第四号)に発表。本作には物理、化学の常識を基底に置く近代主義を、「理外の理」たる怪異とたいせしめる闘争図が描かれる。乗り組んだ船舶は必ず沈めるといういわくつきの給仕伊那一郎を「アラスカ丸」船長はそれと知りながら、あえて乗船させる。二度の航海を無事に終えた後、ていはく中の横浜で一郎は行方不明に。出航後「アラスカ丸」はつづけざまに事故に見舞われるが、その渦中に一郎の死体が発見される。犯人である水夫のかねは、船長の意志に従い、一郎の遺体を船外に放棄しなかったのだ。──ここに至ってこつぜん、テクストにおける対決図は変質する。それはもはや、近代科学と「理外の理」との、計測可能なエナジー対エナジーの闘争ではない。近代主義と海上の神秘、そのいずれが真の怪異か──すなわち、いずれが本物の化け物か、いずれがより危険な害意の表象なのか──という判定が問われる、ぐうに富んだ命題が浮上してくるのだ。
焦点フオカスを合わせる」は『文学時代』一九三二年四月号(第四巻第四号)に発表。本格探偵小説の書き手であるこうさぶろうは、久作が描く作品世界のこうはんさをたたえて「取材の範囲がうらやましい程広い」(「探偵小説家の製作室から」『文学時代』一九二九年十一月号)と評しているが、本作はそうした傾向が特に際立った一篇といえよう。異界としての船上生活や、異界のなかのさらなる地獄である機関室の描写は、たにじようの「上海された男」(『新青年』一九二五年四月号)に既に試みられているが、本作が孕む情報量はさらにすさまじい。これらの素材はおそらく、国士として極東全域をほんした実父・すぎやましげまるや、朝鮮の水産業に長く携わっていた叔父・はやしこまなど多数の人物の談話からたものであろう。
「斜坑」は『新青年』一九三二年四月号(第十三巻第五号)に発表。依頼に応じて同誌編集長のみずたにじゆんに宛てた返信(一九三二年一月十一日付)に拠れば、本作は当初「逆行」と題され、「闇黒に慣れた頭の悪い青年(炭坑の小頭)の頭に起つた不思議な精神作用から意外な惨劇が起る状態をみつびし系の某炭坑幹部の体験談を基礎として描きましたものです」と解説されており、この時点において、記憶中枢に焼き付いた視覚映像の再現によって自己を謀殺せんと仕組んだ犯人をしきに認識した主人公が、その相手をまた無意識裡に撲殺するという大筋が、ほぼ決定していたことがうかがわれる。ちなみに、「三菱系の某炭坑幹部」とは、父・茂丸と縁の深かった炭鉱事業主・なかじまとくまつを指すものと思われる。
「幽霊と推進機スクリユウ」は『新青年』一九三二年十月号(第十三巻第十二号)に発表。本作は久作が『黒白』一九一七年七月号に「SU生」名義で発表した「二人の幽霊」を原型とする。記録者と語り手が同一人物に設定されていた「二人の幽霊」とは異なり、本作では「元の日活会社長S・M氏」の体験談を「筆者」が書き下ろした、という体裁になっているが、明治十九年、ホンコンからシンガポールに向かう荷物カーゴ汽船ボート「ピニエス・ペンドル」船上で物語の大半が進行する構造、船医不在のまま出航した同船にチブスが発生し、病死した二人の水夫の幽霊にたたられ、ついに嵐の海に没するまでを日本人船客「私」が語る、というスタイルは、細部の修正、加筆を除けば、ほぼ共通している。本作のみに認められる重要な展開は、「アームストロングの推進機スクリユウと貴様らの力とドッチが強いかだ」という船長の一言に示された超常現象対科学、あるいは幽霊対近代主義という対決図の呈示であるが、救助された「私」が意識を取り戻すところで幕が降ろされた「二人の幽霊」にはなかった〈その後〉の加筆──すなわち、難船に至る「私」の全記憶が、「脳髄が描き出した夢」から逆転形成された虚構であった、という医師の判断がくだされるエピソード──が続くことで、この勝負の去就も、永遠に解けない謎のなかにみ込まれてしまう。
「爆弾太平記」は『オール讀物』一九三三年六・七月号(第三巻第六・七号)に発表。初出掲載時、「朝鮮総督府」「砲兵こうしよう」等の機関名や「朝鮮」「サン」「西」等の国名・地名、「てい鮮人」等の一部用語が伏字とされたが、これらは『氷の涯 夢野久作傑作集』(春秋社、一九三五年五月)に収録された際にほとんど原文通りに起こされた。異同の詳細は『定本夢野久作全集3』(国書刊行会、二○一七年十月)のさわやすによる解題を参照されたい。
「冥土行進曲」は『新青年』一九三六年六月号(第十七巻第七号)に「遺稿」として発表された。『定本夢野久作全集5』(二○一八年九月)「解題」において、西にしはらかずは以下のように同作品を評している。「作者は生き急いだのか、作中、次々と生起する事件の展開を追うことだけに精いっぱいで、結果として、ドタバタ活劇調の一篇に終わらせてしまった。失敗作だと見なしてよいだろう。或いは、本篇は未定稿のまま、作者没後、遺族の手から、「遺稿」を求める掲載誌編集部に渡されたのかも知れない」。
『ドグラ・マグラ』刊行のほぼ一年後、一九三六(昭和十一)年三月十一日に夢野久作は歿した。前年七月十九日には、大いなる影響を彼にあたえ続けた父・茂丸の逝去に臨んだばかりであった。さらにさかのぼって一九三四年の暮れから翌年にかけて、創作上の深刻なスランプに悩まされていたことが、その日記や随筆からは確認できる。これらの状況にかんがみるならば、「生き急いだ」という言葉は的を射た表現であるが、一読者としては、「遺稿」のむこう側に幻の「完成稿」をも透かし見つつ、本作を鑑賞していただきたいと望むものである。

作品紹介・あらすじ



冥土行進曲
著 者: 夢野久作
発売日:2023年11月24日

怪奇小説の帝王がおくる、魔性の短編集
近いうちにこの切っ先が、私の手の内で何人かの血を吸うであろう……。
Q大附属病院に入院をしていた「私」は、レントゲン室に勤務する異母弟から余命宣告をされる。
理不尽な運命を豪快に笑い飛ばした「私」だったが、生命が尽きるまでに成し遂げなければならない使命があった。
「私」は背広の内ポケットに家伝の短刀を忍ばせると、恐ろしい復讐の旅に出るのであった。

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322305000329/
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