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政略結婚から少女を救うのは、姫様人形!――『あしたの華姫』畠中 恵 文庫巻末解説【解説:大矢博子】

仲良しのお夏を守るため、二人で一人、月草とお華の新たな冒険劇が始まる!
『あしたの華姫』畠中 恵

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

あしたの華姫』著者:畠中 恵

『あしたの華姫』文庫巻末解説

解説
おお ひろ(書評家)

 江戸一番の盛り場、両国。
 見世物小屋や料理の屋台が立ち並ぶ中、人気を博しているのは華姫という名の人形だ。人形遣いの月草が声音を使って華姫と会話をするという話芸──つまりは腹話術である。
 この華姫、サイズが四尺と六、七寸というから小学校高学年の子どもくらい。月草はそれをまるで生きているかのように操る。だが彼女が人気なのは、見た目のけんらんさもさることながら「まことを語る」という評判ゆえだ。もともと真実を告げる不思議な井戸の水からできたという目を持つ華姫は、厄介ごとや事件の裏側を見抜いて「まこと」を語る──と、言われているのである。
 だもんだから華姫が登場する見世物小屋は客が引きも切らない。お華追い、と呼ばれる華姫ファンたちのみならず、自分の悩みについて華姫に真実を教えてほしいと思う人が詰め掛けるのだ。
 そんな華姫と月草のコンビが読者の前にお目見えしたのは、二〇一六年に出た『まことの華姫』(後に角川文庫入り)だった。
 両国の盛り場を仕切る地回りの頭・山越の長女が、意に沿わぬ縁談を悲観して川に身を投げた──と思われていた。が、その妹で、今となっては山越のひとり娘となったお夏があることに気づいたため、事態が思わぬ方向に動き出す。あわや、というところで真実を見抜いたのは月草と華姫の推理だった。
 そこから両国で起きるさまざまなトラブルを月草と華姫が解決していくようになる。本書はそのシリーズ第二弾だ。
 いや待って、「月草と華姫の推理」とか「月草と華姫が解決」とかって書いたが、あくまで腹話術。華姫は人形に過ぎず、語ってるのは月草なのだ。推理も解決も月草ひとりの手腕──のはずである。
 けれどやっぱり「月草と華姫」なんだよなあ。
 そしてそれが本書の大きな魅力でもあるのだが、まあそれは後述するとして、まずはこの第二弾の内容をざっと紹介しておこう。

 収録されているのは五編。第一話「お華の看病」では、山越の親分とお夏がそろって麻疹はしかに倒れてしまう。まだ十三歳のお夏はまだしも、大人になってからの麻疹は怖い。山越の親族たちは跡目が気に掛かる様子だ。そんなとき月草は、山越の手下の一人が猫いらずを買っているのを見てしまう。
 第二話「二人目の息子」は、山越がお夏の母と添う前につくった息子が登場する。そういう息子がいるのは事実だが、名乗りを上げてきたのは、明らかな贋者だった。
 第三話「お夏危うし」は、亡くなった姉の許嫁で、今も山越の跡取り候補筆頭と思われていた正五郎が行方不明になる話だ。それにお夏がかかわっているのではないかというのだが──。
 第四話「かぐや姫の物語」では、お夏の婿にと名乗りを上げた男たちが、本人や山越の意向を無視して勝手に争奪戦を始めようとする。そして最終話「悪人月草」は、なぜか月草が山越の親分を陥れようとしているらしい、という不穏な噂で幕を開ける。
 こうしてみるとお気づきの通り、今回のテーマは跡目争いである。
 うまいなあ、と思ったのは、これが盛り場を仕切る立場の跡目をテーマにしていること。武家なら長男が継ぐものと決まっている。商家や職人なら、息子でもいいが、腕のいい手代や弟子を娘と一緒にさせて跡を継がせる手もある。山越のような地回りも、大枠では商家や職人と同じだろう。
 だがひとつだけ、大きな違いがある。盛り場を仕切るということは、両国で働く人すべての生活を左右する立場であるということだ。自分の家中はもちろん、芸人、商売人、その家族。盛り場から上がってくる金を集め、分配する一方で、トラブルがあれば出張って解決する。いわば共同体の面倒を見るリーダーなわけで、商家の主人というよりは政治家の立場に近い。
 だから山越の跡取り問題は両国をあげての大騒ぎになる。どんな人物がリーダーになるかで自分たちの生活が大きく変わるのだから当たり前だ。今の選挙も同じ理屈なので、同じような騒ぎにならないとおかしいのだが、それはともかく。
 つまり地域を巻き込んだお家騒動だ。それによって本書にはさまざまな読みどころが誕生した。ひとつは、ただ無邪気なだけだった十三歳のお夏が自分の立場を自覚する過程。もうひとつは、お夏と両国を守ろうとする山越はじめ大人たちの「大人とはかくありたい」と思わせてくれる姿。そして、本書最大の読みどころは、お華追いの面々の活躍にある。
 お華追い、つまりは華姫の追っかけ。月草と華姫の小屋に通い、華姫に声援を送り、場合によっては初心者にファンの心得を指導する。世が世ならペンライト片手にオタ芸を繰り広げるであろう一団だ。人形の追っかけ? と首を傾げるなかれ。今で言うならヴァーチャルアイドルのファンと考えればいい。
 彼らが、シャーロック・ホームズにとってのベイカーストリート・イレギュラーズさながらに、華姫の手足となって駆け回る。前作ではさして出番のなかった追っかけたちの活躍が描かれるのも、山越の代替わりが地域の問題だからなのだ。
 各話で描かれる事件は、地域や武家、八丁堀をも巻き込んで展開する。江戸という雑多な町の息吹がここにある。もちろん、ミステリとしても読み応え充分だ。今回も華姫の鮮やかな推理を堪能していただきたい。

 さて、「月草と華姫」問題である。
 前作から読まれている読者はすでにご承知だろうが、本書の大きな魅力に華姫のキャラクターがある。キュートでお茶目で賢くて機転が利く。人形なんだけど。多くのファンを持ち、彼女を頼って人が集まる。人形なんだけど。
 彼女を喋らせているのは月草に他ならない。だから彼女の言葉は月草の言葉のはずだ。なのに読者は(登場人物も)、いつの間にか華姫を独立した人格のように感じてしまう。月草の一人二役ではなく、月草と華姫のコンビ芸のように感じてしまう。
 作者が妖怪モノを看板とする畠中恵なので、華姫ももしかしたらと思わないでもないが、どうやら本当にこのシリーズには今のところファンタジー要素はないらしい。
 であるならば、この趣向は何なのか。
 これは誰もが持っている多面性の象徴なのではないか、と私は読んだ。
 気弱で影が薄く、どちらかといえばヘタレな月草。第一話で猫いらずが自宅のこうから出てきたときの慌てようをご覧いただきたい。そしてその慌てようを、華姫は皮肉るのである。
 怖がりな部分も、それを情けなく思って笑う部分も、同じ人間の中にある。強さと弱さ、善と悪、賢さと愚かさ、優しさと狡さ。そんないろんなものが混じり合ったのが人間で、月草は華姫を通して語るときだけ、自分の中の違った一面が出せるのではないだろうか。面と向かって話すのと文章とではキャラが変わって見える人がいるが、月草はそれを華姫を通してやっているのではないか。
 そんな人間の多面性をプリズムのように反射させた「二人」の目を通しているからこそ、華姫(になっているときの月草)には「まこと」が見えるのではないか。
 作中には何度も、真実を知るのは怖いこと、という趣旨の言葉が登場する。本当のことが知りたいと言いながら、人は「自分の望む真実」を求めてしまう。意に沿わないときは聞かなかったことにしたり、たらだと信じなかったりする。ともすれば真実をねじ曲げようとすらしてしまう。それは人間の弱さと言っていい。
 だが人は決して弱いだけではない。そんな弱さを克服するだけの強さもまた、人は持っているのだと、持っているはずなのだと、月草と華姫の関係が教えてくれているような気がしてならないのである。
 山越の跡目争いはまだまだ解決しない。これからのお夏はたいへんだ、と華姫は言う。華姫が言うからにはそれは「まこと」なわけで、すでに続きが読みたくてじりじりしている。いっそ華姫に「続きは○年後に出るよ」と言ってもらえないだろうか。そうすればきっとそれが「まこと」になると思うのだが。

作品紹介・あらすじ

あしたの華姫
著者 畠中 恵
発売日:2023年07月21日

政略結婚から少女を救うのは、姫様人形!
両国の見世物小屋で真実を見抜くと評判の姫様人形・お華と、人形遣いの月草。一帯を仕切る親分・山越も、娘のお夏と仲良くしてくれている二人に一目置いている。しかし山越が病に臥せり、跡取り問題が持ち上がった。自分こそ山越の息子だと言い張る怪しげな人物が現れたり、お夏の婿取り問題も持ち上がって、両国の人々の生活がかかった大騒動に――。仲良しのお夏を守るため、二人で一人、月草とお華の新たな冒険劇が始まる!

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322302001009/
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