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レビュー

お金も場所も伝手もない。持てる力全てをぶつけて、この舞台を成功させる!――『いいからしばらく黙ってろ!』竹宮ゆゆこ 文庫巻末解説【解説:中江有里】

才能溢れる劇団員に欠けているもの=”常識”を武器に富士は居場所を見い出せるのか?
『いいからしばらく黙ってろ!』竹宮ゆゆこ

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

いいからしばらく黙ってろ!』著者:竹宮ゆゆこ



『いいからしばらく黙ってろ!』文庫巻末解説

解説
なか (俳優・作家)

「中間管理職」とはすべての矛盾を飲み込む立場だ。
 上司の下で現場の監督をする人をそう呼ぶ。わたしの知る例を挙げると、撮影現場における助監督、あるいはアシスタントディレクター(AD)は中間管理職っぽい。
 たとえばロケ現場で上司たる監督が、
「夕日が落ちる直前を狙って三十分後に撮影したい」
 と言いだしたとする。助監督、ADは三十分後に撮影開始できるよう現場スタッフに申し伝え、すべての部署にスタンバイさせる。しかし俳優部のメイクから、
「メイクには一時間必要だから、無理」
 と無下に断られる。時間はゴムのように伸び縮みしない。一時間かかる仕事を三十分で済ませろ、と言えば「メイクを軽く見ている」と仕事をボイコットされてもおかしくない。そこで「中間管理職」の力が発揮される。
「監督も無茶言ってきて、困りますよねぇ」「そこをメイクさんのお力でなんとか!」とお茶を差し入れて気持ちを解きほぐしながら説得(丸め込む)。
 逆に監督側には神妙な顔で、
「できるだけ早くやってもらいます」
「もちろん夕日には絶対間に合わせますから。ご心配なく」
 こうしてそれぞれの気持ちをなだめながら時間の調整をし、準備時間は間を取って四十五分あたりで収め、撮影を無事に終わらせる。これが助監督、ADの知られざる手腕。中間管理職なしに現場は立ち行かない例は多く見てきた。
 前置きが長くなったが、本書の主人公たつおかは六歳上と六歳下にそれぞれ双子がいる。
 上二人と下二人に挟まれた中間子の富士は龍岡家の全権を握る両親の下、二組のわがままな双子たちに振り回され、あらゆる調整役を担いながら育った、生まれながらの「中間管理職」と言っていい。
 面倒見の良い人というのは、思うに二通りのタイプがいる。
 ひとつは自己管理もできて人のことも面倒を見られる人。もうひとつは自分より相手を優先して面倒を見てしまう人。たぶん富士は後者だ。育った環境と持ち前の優しさが彼女の成分。自分を犠牲にしても、つい相手のために何かしようとしてしまう。
 しかし富士は味方だと思っていた友達からこう言われる。
「富士の自虐ってほんとむかつかない?」
「あんたってなにか欲しがったこととかないでしょ」
 人の言葉は刃物。しかし傷つけられて初めて自分の心の存在に気づくこともある。富士は人のわがままを聞くことができても、逆はしてこなかった。つまり自分の心の声を、心のありかを確かめてこなかったのだ。生まれながらの「中間管理職」は我慢に慣れきってぼうこうの大きさを誇っているが、行きたい時にトイレは行った方がいいに決まっている!
 果たして予定していた就職、結婚がなくなり、居場所を失いかけた富士が出合ったのが劇団「バーバリアン・スキル」だった。
 通称バリスキの劇団員は見事にわがまま(特に主宰のみなみしよう)、しかし幸いにして富士はわがまま慣れしていた。バリスキ旋風に巻き込まれた富士は、やがて自分の心の声を聞く。
「変わりたいのだ。やり直して、新しく生きたい。元の自分のままではいたくない」
 目的地は決められなくても、この場所を出ることは今すぐに決められる。いくら綿密に計画していたって人生はままならないのだから、やれることからはじめればいい。
 バリスキの面々のキャラの濃厚さ、南野荘のいろんな意味でのヤバさ、そして劇団の将来の見えなさ、劇団員となった富士に押し寄せる波は高いが、それもまた奮起するエネルギーへと変換される。
 変わりたい、という意思を持てば人は変わる。劇場のトラブルで下ろした幕を、もう一度開けようとする。何としても富士自身が芝居の続きを観たいからだ。

 ところでわたしの周囲には仕事柄、演劇人が結構いる。身内しかり知人しかり、キャリア関係なく熱い人が多い。
 バリスキのように団員がそれぞれお金を出したり、チケットを売ったりすると聞いたこともある。自らリスクを抱えて舞台に立つところが商業映画やテレビと決定的に違う。
 光が当たるのを待つのではなく、自分が輝ける場を作り出す、ということだ。バリスキの団員となった富士も自ら輝くためにリスクを背負う覚悟を決める。
 もしわたしが富士の親だったら、双子の兄姉(または弟妹)だったとしたら、龍岡家の中間管理職が血迷ったのだと判断し、止めるかもしれない。わざわざリスクを取りにいくなんて……だまされているのではないか? といぶかしむだろう。
 夢は時に残酷だ。安易に夢を見て、夢に裏切られて行く場を失う人もいる。富士には少なくとも夢を捨てて身を寄せる場がある。バリスキのリスキーな夢に心寄せることを心配するのはごく当たり前の感覚ではないだろうか。
 団員のらんも富士に言う。
「ふわっふわした夢を、見てんだろ」
「あたしも知ってるよ、そういうの。今のあんたは、ただ毎日を必死にひた走ってるだけなんだよね。前だけを見て、文字通り夢中で」
 夢中とは夢の中と書く。夢はいつか覚める。そういう蘭自身がバリスキという夢にとらわれているのかもしれない。

 本書で印象的なモチーフとして描かれるのが舟。かつて富士は海辺で見つけた木製のぎ舟の下に身を潜め「あの子」を夢想していた。富士が想う「あの子」とは、上と下の双子にはいるのに自分にはいない「もう一人の自分」。
 翻ってバリスキは難破船。南野たち団員は乗員として、今にも沈みそうなおんぼろ船を漕がなければならない。劇団にとって「漕ぐ」とは芝居をし、人々に見せることだ。
 俳優の端くれとして言うと、芝居とはもう一人の自分を表現すること。この世には存在しない、舞台の上だけで現れる別の人格。
 小説に限らず、物語を読む魅力の一つは、そこに存在する架空の人生を疑似的に歩むところだと思う。なぜなら人はどうしたって自分自身から自由になれないからだ。富士のように生まれながらの中間管理職体質は抜けないし、破天荒な南野は、遺産放棄しても実家暮らしはやめられない。
 夢を見る人間が生きるのは現実の世。そう、現実と折り合わなければ夢も見られない。
 南野たちにとってのバリスキは、夢を持ちながら現実を生きるための、いまだ建築中の理想郷で、富士にとっての居場所なのだ。夢中の何が悪い。夢中になれるものを見つけたら最強だ。

 読みながら「幕よ、上がれ」と何度も祈った。あきれるほど真剣に、信じられないほど情熱的に、舞台に立とうとする人たちへ光を当ててほしい。

 ところで本書のタイトルは、ラストにようやく出てくる。それも半端な形で。
 芝居はうんちくを垂れて観ても楽しくない。あれこれ意味を探らなくてもいい。
 タイトル通りに観ればそれでよし。
 読書も同じく、いいからしばらく黙って読んでみて。

作品紹介・あらすじ



いいからしばらく黙ってろ!
著者 竹宮ゆゆこ
発売日:2023年07月21日

お金も場所も伝手もない。持てる力全てをぶつけて、この舞台を成功させる!
大学卒業直前に婚約破棄され、就職する同級生から取り残された富士。彼女が出会ったのは、社会からはみ出した小劇団。才能溢れる劇団員に欠けているもの=”常識”を武器に富士は居場所を見い出せるのか?

詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322209001184/
amazonページはこちら


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