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レビュー

最も恐ろしいもの――『自滅』柴田よしき 文庫巻末解説【解説:田辺青蛙】

心の闇を描くせつないホラー短編集
『自滅』柴田よしき

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

自滅』柴田よしき



最も恐ろしいもの

解説
なべ せい(作家)

 怪談やホラー作家が集まると、よく話題になるトピックが一つある。
 それは『一番怖いものは何か?』というものだ。
 私にとって最も怖いもの……それは日常が突然なんの予兆もなく崩れ去ってしまうこと。
 何かしらの事情で、当たり前に過ごしていた日々が消えてしまう。
 それが私にとって一番恐ろしいと感じる。

 曲がり角の先で急にトラックにかれてしまったら……ふとした瞬間に倒れ不治の難病に体が浸されていることに気が付いてしまったら……それとも……それとも……もし、私が何かしでかしてしまったら……心配するとキリがないが、実際に起こりえないことではなく、可能性としてはゼロではない。
 COVID‐19の影響下にある現状を二〇一九年以前に誰が予想していたというのだろう? あの頃の当たり前が、一つの伝染病によってどれだけ失われてしまったか。
 私が過ごしている日常、あたりまえは薄い膜の上に乗って成り立っているに過ぎない。
 そのことに気が付いていないように振る舞い、明日あすがあたりまえのように来ると信じているだけだ。

 この本に収められた五つの短編はそれぞれ独立した作品で、連作ではない。
 しかし、どの作品も女性の主人公の語りによる叙述形式で、境遇の差はあるけれど内面に共通したものがあるように感じる。
 主人公の女性は、どこの町にでもいそうな、特に変わった能力や優れた容姿があるわけでもなく、きっと電車の隣の席に座っていても誰も気にもかけない、そういう人達だ。
 そんな主人公の女性が、ふとした瞬間に、思わぬ出来事や出会いによってほんろうされ、人生を狂わされていく。
薫衣草ラベンダー」は、双子の妹がある日突然、夫と子供を残して家を出て、その後死体で発見される。成長と共に、全く違う生き方を選択し、過ごしていた妹の身に何があったのか。
 主人公のきよはその原因を探るうちに、ラベンダーの香りのする空き家の記憶を思い出していき、妹や母の血縁にまつわる秘密や思わぬ出来事に遭遇してしまう……。
 子供の頃の記憶と、ラベンダーの香りの描写に酔わされるようにページをめくって読んだ。
 私も妹がいて、双子ではなかったけれど何故かよく比較された。姉妹とはいえ似たところの方が少なく、タイプも、関心事も全く違っていたので、お互い仲が悪かったということはなかったけれど、あまり一緒に遊んだりすることはなかった。
 そして、そして、書こうかどうか随分悩んだけれど、これも何かの縁かも知れないと思い、記しておくことに決めた。
 この「薫衣草」の主人公清香のように、ある日突然、私は妹の死を知らされた。
 小さな片付いたワンルームマンション。
 妹が最期に住んでいた場所で、遺品を手にし、彼女が全く突然訪れた死を予見していなかったことが知れた。そこにはメモやせんで一杯の資格のテキストブックやノートが見つかったし、次に会った時に渡す予定だったのか、私あてのカードの付いた小さなイニシャル入りのネックレスもあった。
 作中で、主人公がラベンダーの押し花の作り方から、妹の生前の性格を思い出したのと同じように私も、残された物から彼女との記憶を拾い上げ、こういう人だったという思い出に浸った。
 姉妹との唐突の別れと思わぬ出来事という内容で、私の記憶が頭の中でぐるぐると回り、この作品を読んでいる最中、何度も何度も泣いてしまった。

「雪を待つ」は、幼い頃の思い出、雪の公園で子供同士が無邪気に遊ぶ様子からはじまる。そんな楽しい思い出にすら、不穏な影が忍び寄り、雪が降り積もるように容赦なく、不幸の上に不幸が積み重なっていく。
 主人公のは、それでも小さなささやかな平穏を守りながら暮らしていた。だけれど、彼女の心はとある理不尽極まりない事故によって、雪が積もった木の枝が急に重さに耐えきれずボキリと折れてしまうように、壊れてしまう。
 人生は不公平だなと何度も思ったことがある。優しく真面目に生きていた人に限って、突然の病や事故に襲われたりするし、どうしようもない悪人に限ってピンピンして長生きしている。子供の頃に聞いた童話や昔話では、正直者や善き行いをした人には、必ず見返りはあり、欲張った者や悪しき行いをした者は必ずしっぺ返しに遭うと教わったのに、不公平だ。もちろんそんなことが、当たり前なのだと大人の今なら分かる。でも、でも、何故なのと思わずにはいられない。
 降り積もる雪の静けさを感じるたびに、そして理不尽な状況に何度も襲われた時、私はこの恐ろしい作品のことを今後、思い出すに違いない。
 その時、私はどんな選択をするだろうかと考え、心が凍るような恐怖を感じた。

「隠されていたもの」は街中から文字通り、め込んだゴミの悪臭によって鼻つまみものになっている女性の家主が出て来る。かつてはさぞや美人だったのではと思わせる面影を持つ、そんなゴミ屋敷の主、やすむらときに取材を行ったライターのは、ゴミの中で思いがけないものを目にしてしまう。
 そのゴミ屋敷のゴミの中にはとてつもない秘密が隠されていたのだ……。
 ゴミ屋敷の存在によって、悪臭に耐え忍んでいる近隣の住人に話を聞きとったところから始まるこの話、ようかいのような存在のゴミ屋敷の主よりも、屋敷の秘密をも取り込んで立ち回る絵美のしたたかさに恐ろしさを感じた。

「ランチタイム」は、仕事も住む場所もあり、親しい友達はいないけど、そっと小さな幸せを胸に毎日を過ごしているのうの頭を悩ましているのは、一人でどう時間をつぶしていいのか分からない昼食時間。仕方なく、昼食時間に通っていた公園で出会った人たちの共通点とは……。
 違和感が積み重なっていき、最後に真実が明かされる。

「自滅」は自己主張をすることが苦手で、不満があっても心に溜めてばかりのが、秘密のお気に入りの場所で願った場所の光を消す能力があることに気が付く。その力を使ううちに、気持ちを許せる魅力的な男性と出会うが、相手は既婚者で、その妻はうわをしていた。そしてタイトルにあるように彼女は、自滅への歩みを踏み出してしまう。

『源氏物語』に、心の鬼という描写が幾度となく出て来る。手元にある辞書によると、心の鬼というのは、心に思い当たる良心のしやくや、心の奥に潜んでいるよこしまな考えのことだと書いてあった。鬼は心にんでいる。
 言葉にするまでもない、小さな心のちくちく。陰口をたたかれていることを知ってしまったり、職場の同僚との不和や、思うようにならない沢山のこと、他人へのしつ、自分の容姿への不満など。それらがきっと、鬼の種なのだろう。小鬼ならば、飼いならすことも容易いのだろうけれど、心の鬼は本人の意図せぬことがきっかけで大きく膨れ上がって、暴れ出すことがある。
 そうなると、手が付けられない。自分では押さえられない、心の鬼が人を鬼に変える。
 本書の五作品の女性は、誰でも味わうような、孤独を抱えているのも共通点となっている。
 寂しさが怖いというより、寂しさによって狂ってしまう弱さが怖い。
 鬼になってしまうかもしれないから、鬼を呼び寄せてしまうかも知れないから。
 私の心にも鬼がいて、それが分かるからだ。

 涙がたっぷりとみ込み、重くなったこの本をまた開く。
 一人で夜、誰の声も聞こえないような時間にそっと読み、深呼吸して窓の外を見る。
 心の鬼の存在に戸惑いながらも飼いならす為に、ぐっと私は色んなものを日々堪えている。それは、この何気ないいつ失うのかも知れない日常を少しでも長く続けるためにだ。
 鬼は日常などお構いなしだからきっと、私の一番恐れていることをしでかすだろう。

 この本は日常に潜む、自分や他人の心の鬼の存在に気付かせてくれる恐ろしい短編集だ。

作品紹介・あらすじ



自滅
著者 柴田 よしき
定価: 792円(本体720円+税)
発売日:2022年10月24日

心の闇を描くせつないホラー短編集
生まれた時から自己主張が苦手で、不満を口にすることができない由佳里。狭苦しく選択肢のない実家を出て、東京で大学を卒業し会社員となった由佳里は、そりの合わない上司の鈴本から理不尽なことで文句を言われ、罵倒される毎日を送っていた。「死ねばいいのに」現実逃避するのに昇ったビルの屋上で呪詛を吐いた翌日、由佳里は会社で鈴本が失踪したと聞く……(「自滅」より)。
女性たちの心の闇に迫る戦慄のホラー短編集。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322201000347/
amazonページはこちら


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