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レビュー

ジュニア物ミステリーの制約に作者の知恵が光る怪奇探偵小説――『仮面城』横溝正史 文庫巻末解説【解説:山村正夫】

横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
『仮面城』横溝正史

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開! 
本選びにお役立てください。

仮面城』横溝正史



『仮面城』横溝正史 文庫巻末解説

解説  山村 正夫

 ジュニア物のミステリーは、読者対象が年少の少年少女なので、血みどろな殺人の謎をあつかったものは、ほとんどないといっていい。作者の方でも神経を使い、そうした殺ばつな事件をことさらさける傾向があるからだ。
 したがって、興味の焦点となる悪人たちの悪事の目的も、おのずとかぎられてくる。アルセーヌ・ルパンのように、高価な財宝をねらうといったパターンのものが、どうしても多くなってくるのである。とはいえ、いつも同じような財宝ばかりでは知恵がないから、いかにして手を替え品を替えるかというところに、作者の苦労があるわけなのだ。
 それは本シリーズにおさめられた、横溝正史先生の一連の怪奇探偵小説を見ても、わかろうというものだろう。
 たとえば、「怪獣男爵」では日月の王冠、「黄金の指紋」ではばくだいな宝石をおさめた黄金のしよくだいに、いずれも怪物の魔手がのびる。また、「夜光怪人」は海賊龍神長大夫の隠した宝探しが、怪人の目的というぐあいだ。
 だが、この世にある宝石や金貨ばかりが、財宝のすべてではない。作られた人工的な財宝というのもあるのである。
 読者は錬金術というのをご存知だろうか。せまい意味では、鉄や銅、鉛などを金や銀に変える術をいうが、広い意味では宝石類や真珠のぞうまでふくむ。紀元前二〇〇〇年頃にエジプトではじめて試みられて以来、ギリシャ、ローマ、アラビア、フランスなどで研究が進められたが、いまだかつて誰ひとり成功したことのない、人類永遠の夢なのだった。
 それにしても、宝石の中で最高の価値のあるダイヤモンドなどを、ガラスのように自由自在に作り出すことができたら、どんなにかすばらしいことだろうか。
「仮面城」は、そうした人造ダイヤの秘密にからむ、スリルにあふれた恐怖の物語なのである。
 テレビの「たずねびと」のコーナーで、大野健蔵という未知の人物が自分を探していることを知った竹田文彦少年は、成城学園にある家をたずねていく。その途中、三角ずきんをかぶった気味の悪い魔法使いのような老婆に出会ったり、たずねあてた健蔵の家の洋間で、そこにかざってある西洋のよろいに人がひそんでいる気配を感じたりして、物語の発端から読者がドキドキするような場面があいつぐのだ。
 しかも、当の大野健蔵は、魔法使いの老婆におそわれて負傷していた。その健蔵から渡されたのが黄金の小箱で、中には二〇〇カラットはあろうかと思われる、鶏卵大のダイヤ六個が入っていた。
 これまで世界最大のダイヤといわれていたのが、英国王室に秘蔵される「山の光」一〇六カラットなのだから、倍近くもあるわけで、驚異の大きさというほかはない。ぜんぶ合わせれば、何十億円するかわからない大変な価値のあるものなのだ。それが何とことごとく人造ダイヤなのだから、信じられないような話といっていいだろう。
 純粋な炭素からダイヤを製造する研究に成功したのが、香代子の父の大野健蔵と、文彦の実の父にあたる科学者の秀蔵博士なのだった。
 その人造ダイヤをねらうのが、本書の悪の主役怪盗銀仮面である。ピンと一文字につばの張った、山のひくい帽子の下に、いやらしい銀の仮面がいつもにやにや笑いをしており、からだをすっぽりと長いマントでくるんだコウモリのような怪人なのだ。
 銀仮面は恐ろしい悪とうで、大野秀蔵博士をゆうかいしたばかりか、大野健蔵や文彦の義理のお母さんまでさらってしまう。それだけではない。かれほど血も涙もない人間はいないのだ。
 仲間や子分が銀仮面の命令にそむいたり裏切ったりすると、かならずダイヤのポイントがまいこむ。そして、三日とたたないうちに殺されてしまうのである。
 そうした血も涙もない銀仮面を相手に、ひとじちの救出に全力をつくすのが、文彦とそれを助ける名探偵金田一耕助だ。そのほか、靴みがきの三太少年や、口のきけない牛丸青年なども大働きをする。
 かれらと銀仮面の戦いぶりを、読者は物語のはじめから息もつかずに読んだことだろうが、とりわけ井の頭公園の大捕物のシーンには、ハラハラさせられたに違いない。手傷を負った銀仮面の奇怪な消失の裏に、奇術に似た心理的な〝一人二役〟のトリックが仕かけてあるのである。
 大野健蔵老人の家の地下室で、炭素の精製機を発見したことから、人造ダイヤの秘密を見やぶった名探偵金田一耕助は、この捕物に参加したことで、そのトリックに気づき、銀仮面の正体をするどく見抜くのだ。
 だが、この種の〝一人二役〟のトリックは、ジュニア物の怪奇探偵小説ではしばしば使われる手で、江戸川乱歩先生の怪人二十面相などもとくいとしている。したがって、ミステリー・ファンの読者だったら、探偵眼を発揮すれば、銀仮面がはたして何者か、うすうすと感づき得たのではないだろうか。
 銀仮面のアジトは、伊豆半島の西海岸、伊浜の山中にある仮面城である。以前、銀仮面の手先にされたことのある三太少年が「深山の秘密」という映画を見たおり、ロケに使われたバックの景色の中に、そのアジトのある山を見つける。金田一耕助と文彦は、それによって仮面城の位置を知り、等々力警部の指揮する警官隊とともに襲撃に着手。人質をぶじに救出して、めでたしめでたしとなるのだ。
 捕えられた銀仮面の意外な正体が、最後に明らかにされるのはいうまでもない。秘書を殺して帽子やマントを着せ、壁にかかった幾十ものさまざまな仮面の中に、人質の大野秀蔵博士や大野健蔵博士たちの顔が隠れていて、犯行を目撃されてしまう。そのため悪人がグウの音も出なくなる大詰のくだりは、この物語のしめくくりにふさわしい印象的なシーンといえるだろう。

「悪魔の画像」は、西洋悪魔の油絵に謎が秘められた、スリラーの短編である。
 杉勝之助という天才画家の画いたその油絵は、一面に赤い色がベタベタとぬりつけてある気味の悪い絵だった。良平のおじさんに当る清水欣三という小説家が、古道具屋の店先でぐうぜんにそれを見つけ、同居先の良平の家の新築祝いに買ったことから、思いがけない事件が起こってしまう。
 その家にどろぼうが入って、悪魔の画像がねらわれるのだ。
 油絵には、いったいどんな秘密が隠されているのか? それを探ろうとする良平とおじさんの探偵活動が、本編の見どころといってよく、ふたたび侵入したどろぼうが逃げ場を失って死んだあと、すべてが明らかになるのである。世界的な大画家エル・グレコの絵にとりつかれた、天才画家杉勝之助の過去の罪が新たな犯罪を生んだわけだが、どろぼうが落した赤いめがねと悪魔の画像のむすびつきには、読者もうならせられたのではないだろうか。
「ビーナスの星」には、読者にもなじみ深いはずの三津木俊助が、K大生として登場する。
 つまりこの物語のできごとは、かれが新日報社へ入社する前にぶつかった珍しい事件ということになるだろう。深夜の国電にたまたま乗り合わせた瀬川由美子という少女にたのまれ、家まで送ったのがきっかけで思わぬ犯罪に首を突っこむことになるのだ。
 由美子の兄は発明家だったが、かれのよき理解者として経済的なめんどうを見ていたのは、ウィーンでなくなった声楽家のおばだった。そのおばはヨーロッパのさる大国の皇室から、〝ビーナスの星〟と呼ばれるダイヤをおくられていたが、死ぬ前に遺産として、由美子の兄にのこしたのである。その際、悪人にねらわれることをおそれて、ダイヤをある品物の中に隠して兄妹の家に送った。ところが、かんじんの秘密を打ち明けずじまいで死んだため、兄妹は何も知らないし、それがどこに隠されているかもわからない。
 その秘密をかぎつけて、兄妹をおそうのが石狩のトラと呼ばれる凶悪な強盗なのだ。むろん、三津木俊助の活躍で石狩のトラはつかまり、ビーナスの星もめでたく見つけ出すことができるのだが、本編のみりょくは、ダイヤの予想外の隠し場所にある。文字どおりの盲点だから、読者もきっと気づかなかったに違いない。そうした隠し場所の意外性のトリックに、横溝先生ならではのとびきりの趣向がこらされているといえるだろう。
「怪盗どくろ指紋」は、異常指紋の持主を主人公にした物語だ。
 都内をさわがす怪盗が、犯行後、いつもきまって一つの指紋を名刺がわりに残していく。その指紋というのが、まるでどくろが歯をむき出してあざ笑っているかのように見える、奇怪とも何ともいいようのないお化け指紋なのである。そのせいで怪盗どくろ指紋とおそれられるのだが、指紋の持主が空中大サーカスのスター栗生道之助とわかったことから、かれにどろぼうの疑いがかけられてしまう。
 だが、その裏には真犯人の憎むべき悪だくみと、驚くべき指紋のトリックが秘められていた。そうした真相をばくろして道之助の無実の罪をはらすのが、新日報社の記者三津木俊助と由利先生のコンビなのである。由利先生はもと警視庁の捜査課長だった経歴を持ち、横溝先生の戦前の名作「真珠郎」などで腕をふるう有名な人物だ。金田一耕助とは違うその名探偵ぶりに、読者も興味深い感慨を抱いたのではないだろうか。

作品紹介・あらすじ



仮面城
著者 横溝 正史
定価: 836円(本体760円+税)
発売日:2022年08月24日

横溝正史生誕120年記念復刊! 横溝正史の異色傑作!
朝の尋ね人コーナーに、突然自分の名前が出てきたのを見て、文彦少年は驚いた。不思議に思いつつその人物に会いに出かけ、雑木林を抜けて古びた洋館にたどり着いたその時、館の中から少女の悲鳴が聞こえた。夢中で中へ飛び込むと、そこには頭に鮮血を滲ませ、床に倒れた老人が! ふとしたことで恐ろしい事件に巻き込まれる少年たちと、金田一耕助の活躍を描いた表題作の他「悪魔の画像」「ビーナスの星」「怪盗どくろ指紋」を収録。
詳細:https://www.kadokawa.co.jp/product/322205000259/
amazonページはこちら


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