文庫巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。
(解説:
デビュー作には作家のすべてが詰まっている、とはよく言われることである。もちろんあくまで一般論に過ぎないが、本書の著者・
著者のデビュー作は、二〇〇六年に第一回『幽』怪談文学賞・短編部門大賞を受賞した「るんびにの子供」。家庭を顧みない夫と息子の肩を持つ
私たちは誰しも、他人には知られたくない秘密の感情を抱いている。ずるさ、
本書『角の生えた帽子』は一七年に刊行された著者の第二短編集の文庫版である(文庫化にあたって「空の旅」「赤い
全一二編の収録作に共通して立ち
ここで描かれているのは、ひょっとして自分は犯罪者ではないかという、アイデンティティの揺らぎである。自分のことが分からないという不安は、モーツァルトが流れる
あるいは「夏休みのケイカク」では、図書館でボランティアをしている五十代半ばの主人公が、本に落書きをする少女・
本文庫版のために書き下ろされた「縁切り」でも、古い一軒家で静かに暮らす主人公の心の蓋が、クライマックスで大きく開く。ミステリー的などんでん返しとともに、ひたひたと恐怖が押し寄せるストーリーテリングは堂に入ったものだ。
それにしても宇佐美まことはなぜ、恐怖という感情を作品の中心に据えるのだろうか。その理由について、二〇一七年『愚者の毒』で日本推理作家協会賞を受賞した際のエッセイではこう述べられている。
恐怖という感情の前では、人はすっかり裸に剝かれてしまいます。「喜び」「悲しみ」「怒り」という感情は、取り繕えますが、「怖い」という感情ではそれができません。恐怖は、隠し持った人間性を露わにする一つの装置です。私は恐怖という名のナイフで、取り澄ました人間をざっくりと切り取り、その断面を「ほらっ!」と高く掲げてやりたいのです。(「小説NON」二〇一七年七月号)
なおこのエッセイでは「怪異そのものよりも、怪異に見舞われた人間の方に、より興味を抱く」とも述べられており、著者のホラー観の一端をうかがわせる。とはいえ「怪異そのもの」をなおざりにしているわけでないことは、花に
「犬嫌い」は幼少期のトラウマ的体験が原因で、性行為と犬に嫌悪感を抱くようになった年上の
さらに本書にはもうひとつの傾向がある。それは風景や土地にインスパイアされた作品が複数収録されていることだ。著者の郷里・
おそらく著者の感受性は、各地の風景からさまざまな物語を読み取っているのに違いない。山深い集落と東京が対比的に描かれる民話風ホラー「みどりの吐息」において、
暗く不穏なムードに覆われた本書において、きらりと光を放っているのは人間のひたむきさや家族愛を描いた作品である。幼い子供とともに嫁ぎ先から逃げてきた主人公が、不思議な中年女性と知り合う「左利きの鬼」では、怪異が主人公に取り憑いていた妄執を消し去り、新しい一歩を踏み出させる。架空の家族が現実を侵食してくる「あなたの望み通りのものを」も悲惨な事件を描いてはいるが、胸を打つ家族愛の物語としても読める。
先に引用したエッセイで、著者はこうも述べている。「人間は、したたかで、弱くて、ずるくて、どうしようもなく欲深く、時に悪意や狂気に支配されます。でも、だからこそ悲しく切なく、愛すべき存在なのです」。
人は善良ではない。しかしそれほど捨てたものでもない。そんな大きな人間観に貫かれた宇佐美作品は、人生のさまざまな喜怒哀楽を味わった大人の読者にこそ、より深い感銘を与えるものだと思う。
デビュー短編集『るんびにの子供』以降、主にホラーや怪談を執筆していた著者は、『愚者の毒』でのブレイクを契機にぐんと作風を広げ、数奇な人の縁を扱った『熟れた月』、児童虐待という社会派的テーマに挑んだ『展望台のラプンツェル』、女性
しかしどんなジャンルを手がけようと、恐怖によって人間のありのままの姿を描く、というスタンスに変化はないだろう。本書はそんな宇佐美作品の本質が、ホームグラウンドであり原点でもある怪談の世界で、思うさま発揮された作品集だ。極上の恐怖がもたらすカタルシスを、ぜひじっくりと味わってみてほしい。
▼宇佐美まこと『角の生えた帽子』詳細はこちら(KADOKAWAオフィシャルページ)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322003000410/