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レビュー

“人生”を浮かび上がらせる傑作怪談集

『愚者の毒』で第七十回日本推理作家協会賞を受賞したことで、宇佐美まことの名は広い読者層に知られることになった。ところで、『愚者の毒』はスーパーナチュラルな要素のない長篇犯罪小説であり、著者の作品系列の中ではやや異色と言える。というのも著者は、第一回『幽』怪談文学賞短編部門大賞受賞作を表題作とする『るんびにの子供』でデビュー、その後も寡作ながら怪談小説を中心に執筆を続けてきた作家だからだ。作風の特色は、人間心理の歪みから生じた隙に怪異が忍び寄って居場所を見つけるプロセスの丁寧な描写にある。このたび刊行される『角の生えた帽子』は、『るんびにの子供』以来久しぶりの短篇集であり、スーパーナチュラルな要素と心理サスペンスを融合させた、著者らしい作品九篇が収録されている。
 巻頭の「悪魔の帽子」は、毎回違う女性とセックスしたあと、相手を殺害する夢を繰り返し見る男が主人公だ。その夢に出てきた女性のひとりは、現実に起きている連続殺人事件の被害者と同じ顔だった。やがて逮捕された犯人は、主人公の生き別れた双子の兄だった……。双子同士の不思議な精神的交感をテーマにした作品には多くの前例があるけれども、ありがちな話と思わせておいてひっくり返す手腕が鮮やかだ。著者の小説には珍しくエロティックな描写が多いのも印象的である。
城山界隈奇譚(しろやまかいわいきたん)」は、著者が暮らしている愛媛県松山市が舞台である。「悪魔の帽子」とは打って変わって図書委員長の女子高校生を主人公とする、伝統ある城下町ならではの物語で、ご当地怪談の彩りが濃厚なため、小説でありつつ怪談実話的な興趣も漂う作品に仕上がっている。
 その「城山界隈奇譚」に続いて図書館つながりの内容の「夏休みのケイカク」は、保育士の女性と小学生が、町の図書館の蔵書を利用した交換日記でメッセージを伝えあう物語。家族内の根深い確執を背景として、ひやりとするオチに持ち込む展開はまさに著者の本領発揮だ。
「花うつけ」と「みどりの吐息」はいずれも植物奇譚である。前者は、植物に魅せられた人々のエキセントリックな姿を列伝風に描いている。老人の回想によって、森に棲む「山の民」の不思議な物語が繰り広げられる後者は、本書の中でも白眉と言える傑作であり、森林ホラー長篇『入らずの森』を想起させる内容となっている。
 ……といった具合に各作品の内容に言及していると、与えられた紙幅を超過してしまうのでこのあたりにしておくけれども、収録作に共通しているのは、怪異を描くことで、それぞれの登場人物の人生が読者にリアルに迫ってくる点だ。例えば「悪魔の帽子」の結末は、ある事実を知った主人公が今までの人生を振り返った時の心境が想像するだに恐ろしいし、「夏休みのケイカク」は、過去に呪縛され、それを自覚しつつどうすることもできない人物の哀しさが最後のページで鮮やかに浮かび上がる。「みどりの吐息」の老人の語りも、彼が背負ってきた運命と記憶の重みを感じさせずにはおかない。
 思えば『るんびにの子供』『虹色の童話』『入らずの森』といった著者の旧作も、登場人物の人生と、作中で起きる怪異とののっぴきならない関係が表現されていた。スーパーナチュラルな要素がない『愚者の毒』も、ある男女の哀しい人生が、犯罪の背景に思いがけないほど広大な景色として拡がっていた。
 フィクションとは、架空のキャラクターにもリアルな人生が存在したかのように錯覚させ得るマジックに他ならない。中でも短篇小説は、短い分量で登場人物の言動を切り取りつつ、その背後に拡がる人生までも描くことが可能であり、そのぶん作家としての伎倆(ぎりょう)が必要とされる。本書は、怪異との遭遇を通じて登場人物の人生を浮かび上がらせる著者の作家的力量が、どの収録作からも感じ取れる非凡な一冊であり、久々の短篇集としてファンの期待を裏切らない出来と言える。


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