文庫解説 文庫解説より
それぞれのリズム『リズム/ゴールド・フィッシュ』
わたしにとって「リズム」は、とても思い出深い作品だ。
初めて読んだのは、約二十年前、中学生のときだった。夢中でページをめくったように記憶している。
ただし、思い出深いと言いながらも、かなりの年月が流れたことにより、肝心の内容を失念してしまっていた。この解説のお話をいただいてから、本棚のどこかに潜んでいるはずの、かつての単行本を探したが、ついに見つけ出すことができなかった。
記憶の糸をたどる。確か、音楽が関連していたはずだ。バンドをやっていた女の子が主人公なんだっけ。隣の家に住む幼なじみの男の子が登場した気がする。
そして初めてのような気持ちで、改めて読んだ本作は、とにかくおもしろかった。こんなにも単純でバカみたいな表現になってしまうのは申し訳ないような気もするのだが、本当におもしろかったのだから仕方ない。
物語が始まってすぐに、忘れていた記憶の蓋が開き、懐かしい友だちに再会したかのように興奮した。主人公である中学一年生のさゆきを、中学生のわたしは確かに、身近な友だちのように感じていた。いや、友だちどころか、どこか自分自身を投影していたのかもしれない。境遇はまるで違うはずなのに、なぜか同じものを感じていた。つまらない大人にはなりたくなくて、時の流れによって変化してしまうものが怖くて。
自分の記憶力の悪さに嫌気がさしつつも(さゆきはバンドをやっていないし、いとこの真ちゃんは隣の家には住んでいない)、やっぱり夢中になって読み進め、そのうちに、さゆきに思いきり感情移入している自分に気づく。
年齢が同じくらいだったり、似たようなことを考えたりしているからという理由だけではなかった。さゆきの両親や真ちゃんの両親の年齢のほうが、よっぽど近いというのに、彼らの意見に全面的に賛成できない。わかるけど、でも、と思ってしまう。これではすっかりさゆきと同じだ。娘でもおかしくないような年齢のお姉ちゃんにすら、反抗してしまいそうな自分に苦笑する。自分がそうだから言うわけではないけれど、さゆきは、老若男女問わず、誰もがシンクロしてしまうような力を持った主人公ではないだろうか。
だからといって、さゆき以外の人たちが魅力的じゃないというわけではない。むしろ逆だ。少ししか登場しない人であっても、彼らには温度がある。単なる通りすがりではなくて、それぞれがきちんと生活しているのだと思わせるリアリティーがある。
そして夢中になって読んでしまうのは、物語のおもしろさそのものはもちろん、文章のリズムにもある。リズミカルでありながら、さらりとしていて読みやすく、水を吸収するように、身体にどんどん入っていく感覚がある。タイトルの由来は別のところにあるのだとわかってはいるが、この文章のリズムの良さも、ひょっとして関係あるのかもしれない、なんてつい思ってしまう。
そして時おり、指を止めてしまうほど印象的な一節が挟みこまれる。
ママには悪いけど、あたし、今はいい高校よりも海に行きたい。
あたしたちはみんなもう二度と、あのころのようにはもどれない。
引用していけばキリがないほど、そこかしこにちりばめられている魅力的な一節は、あらゆる物事の本質をついている。さゆきが日々悩む、学校や勉強といったものから遠ざかった人間が読んでも、ハッとしてしまうほど。
「リズム」の続編となっている、「ゴールド・フィッシュ」においてもそれは同様だ。読みやすさについページを繰る手を急いてしまうが、ドキッとするような、油断できない文章が潜んでいたりもするのだ。この作品は、児童文学というジャンルであるが、読者としてふさわしいのは、けして児童だけではない。児童だけが読むなんて、もったいない。
時間は流れつづけるし、変わらないものなんてない。それは時に残酷なほど悲しいけれど、まぎれもない事実だ。
「リズム」でも「ゴールド・フィッシュ」でも、さゆきは身近な人からプレゼントをもらう。どちらも宝物と呼ぶにふさわしいようなものだ。プレゼントの主が異なっているのは、さゆきの境遇の変化であると同時に、本人の気持ちの変化でもあるのだろう。変わるのを恐れていたさゆき自身が変わっていき、それをしっかりと受け止めている。なんて美しい成長なのだろうか。
中学生のさゆきにある成長は、とっくに大人になったわたしたちにだってあるのだと思う。同時に、変わらずにあるものも。どちらの大切さも、本作は充分に伝えてくれている。
冒頭で「リズム」が思い出深いと書いたのは、単に愛読書だったからというだけではない。実は中学生のわたしは、「リズム」の読書感想文を書き、それが北海道内のコンクールで小さな賞をいただいたりもしたのだ。
当時の読書感想文が残っていないかと探してみたが、かつての単行本同様、見つけることは叶わなかった(もっとも感想文のほうは処分してしまっている可能性も大きい)。
ひょっとしたら当時書いたもののほうが、本作の魅力を表現できていたのではないだろうか、という恐ろしい疑問も抱えつつ、こうして解説を書かせていただけたことについて、深く感謝すると同時に、さまざまなことを思う。
数十年生きてきて、この場所が、真ちゃんの夢が簡単に叶うような世界ではないことを知っているけれど、二十年前に読書感想文を書いた本の解説を書かせてもらうようなことが、実際に起こったりもする。ものすごく個人的だし、奇跡と呼べるほどではないかもしれないけれど、いつかもし、さゆきに会えたなら、わたしはこのことを話したい。
書誌情報はこちら≫森絵都『リズム/ゴールド・フィッシュ』
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